「首相案件」その3

 世の中では、「モリ、カケ」とか言って、森友問題と加計問題を、言葉遊びで一緒くたにして面白がってるけど、このふたつは質的にまったく違う問題ですから。
 加計学園が獣医学科を新設することになった「国家戦略特区」って制度は、そもそもどういう経緯でできたんですか?。思い出しましょうよ。
 遡れば、中曽根康弘首相が「私的諮問機関」を駆使して、日本電電と国鉄を民営化したんですよ。それがなければ、ソフトバンクauも存在しないし、国鉄は赤字を垂れ流して財政のお荷物になってたはずです。
 戦後政治の総決算ってことは、この頃から言ってるわけです。野口悠紀雄のいわゆる「1940年体制」、官僚主導の管制経済、護送船団方式が機能したのは、高度経済成長期までで、そこからあとは、規制を取っ払って、民間の活力を高めて、産業構造を転換していかないと、少子高齢化していく人口と国際化していく社会に対応できませんよってことは、中曽根時代から言われてきたし、それは、橋本政権、小泉政権、という自民党の政権だけでなく、「脱官僚」を掲げて政権交代を果たした、民主党政権も共通の認識だったはずです。
 だけど、それがなぜうまくいかないかというと、まず、官僚が自分たちの天下り先の権益を守るために、規制の緩和をさせまいとする。そして、族議員とマスコミは、そうした既得権の分け前にあずかっているわけだから、国民が選挙で規制緩和を望んでも、彼らの抵抗にあって改革は遅々として進まないわけです。
 官僚も、総論では、規制緩和に賛成と言っていても、いざ自分たちの既得権を手放すとなると、必ず反対する。しかも、巧妙に。なので、「国家戦略特区」を設けて、総論ではなく各論で、とりあえず限定的であっても、規制緩和をしていきましょうっていう趣旨なわけです。
 それを「なぜ愛媛県だけ、なぜ加計学園だけ」って言ってたら、何もできないんです。それは、天下り役人の思うツボなんです。そして、文科省事務次官だった前川喜平は、組織的な天下りの責任を取って辞任してるんですよ。意味わかってますか?。
 「特区」というこのやり方は、中曽根時代から、自民党民主党時代を問わず、一貫して取り組んできている規制緩和の、手段のひとつなんで、それを「依怙贔屓」とか、見当違いも甚だしい。「首相案件」って、この規制緩和については、中曽根時代からずっと、首相が旗振り役になって、進めてきてるんで、中曽根時代は私的諮問機関だし、橋本、小泉時代は、経済財政諮問会議だし、それを「首相案件」と言えば「首相案件」なんですよ。民主党時代の国家戦略会議も首相が議長だったはずです。
 加計学園のトップの人が安倍首相と友達かどうかがなんか問題ですか?。
 さっき言ったように、規制緩和ってのは、総論で風に灰をまくようなことをやっていても拉致があかない。しかし、具体的に、どういう規制がどう問題なのかってことについては、逐一、目に付いた個別の案件から進めていくしかないわけです。「なぜ愛媛県なんだ?」じゃないんです。
 愛媛県は誘致したい、加計学園は応じたい、ならやりゃいいじゃないですか。それを文科省と獣医学会が、自分たちの既得権を守るために、長年阻んできた。こういう、典型的な岩盤規制の緩和のために、特区って、ある意味、まわりくどいやり方をやってるわけじゃないですか。
 規制ってのは、網の目みたいに張り巡らされていて、どの法律がどういう具合に既得権を守ってるのかって、一目で分かるってもんじゃないわけですよ。昔、「カンブリア宮殿」で、古賀茂明が「日本の官僚システムでは、法律一本ごとに課長が一人付いている」と言ってたことがあります。文字通り、日本の官僚は法律に寄生している。
 だから「特区」なんですよ。ひとつひとつ個別の案件に対処していくやり方なんであって、それを「依怙贔屓」って言ってたら、永遠に進まない現状を踏まえての「特区」なのに、それをまた「依怙贔屓」って批判するなら、典型的な循環論なのわかりませんか?。
 まあ、この程度の釈明をちゃんとできないなら、ポシャってもしょうがない内閣だけど、加計問題で騒いでる奴はバカですわ。
 森友問題は、官僚が国会に虚偽の文書を提出したんで、これはクーデターなんで、処刑者が出てもおかしくない大問題なのに、安倍明恵夫人を国会に呼べとか、どうなってるんでしょうね、その感覚は。まともな野党がいないとまずいんだけどなあ。
 

首相案件 その2

 先日、長谷川幸洋の説明に納得した「首相案件」だったが、1日をおかずに、郷原信郎の反論が上がった。
ここ。

 さらに“国家戦略特区は首相が議長なのだから「首相案件」と語るのは当たり前”という主張になると、もはや「お前は小学生か」とつっこみたくなるレベルだ。

首相を議長とする機関の決定がすべて「首相案件」になるというなら、加計以外の国家戦略特区指定や経済財政諮問会議はじめその他の首相を議長とする会議、さらには閣議決定までがすべて首相案件ということになるが、いったい誰がそんな呼び方をしているというのか。

でも、これはメモに書き付けただけの言葉で、メモを書いた本人が分かればいい「符丁」にすぎないわけで、正式な呼称ではないし、だからこそ「メモに『首相案件』ってあるぞ」って騒いでるのは何故かなって疑問に思うわけで。

 しかも、“国家戦略特区は首相が議長だから”という主張については、もっと決定的な嘘がある。それは、この首相案件文書が、“首相が議長の国家戦略特区”への申請を決める前の段階の文書だということだ。公開された面会記録のなかの柳瀬首相秘書官の発言録では、いちばん最初に「本件は、首相案件となっており」と記され、そのあとに「国家戦略特区でいくか、構造改革特区でいくかはテクニカルな問題であり、要望が実現するのであればどちらでもいいと思う」と記されている。つまり、まだ特区で申請する可能性もあったわけだ。

でも、郷原信郎もこの後すぐ書いているように「構造改革特区は首相が構造改革特別区域推進本部の本部長ではある」んなら、発言録どおり「テクニカルな問題」にすぎず、大雑把に言って「首相案件」で問題ない気がする。

そもそも、この文書の問題は「首相案件」という言葉だけではない。加計学園愛媛県だけが首相官邸から特別扱いを受けていることが問題なのだ。まず、特区申請者が官邸にまで招かれ、首相秘書官と面会をすることなど普通ありえない。実際、その国家戦略特区で獣医学部新設を申請した京都産業大学は、官邸を訪問したことなどない。それどころか、加計学園に対して文科省は新設が認められるようにアドバイスまでおこなっているが、京産大文科省との事前協議さえ拒否されている。こうした加計学園に対する依怙贔屓こそ、「首相案件=腹心の友への優遇」の証拠ではないか。

この問題について、郷原信郎の意見に納得できないのはこの部分で、経緯を考えると「依怙贔屓」というほどのことではない気がする。というのは、愛媛県がずっと「加計学園ありき」でやってきたことについて、文科省と獣医学会の意向で長年阻止されてきたわけだから、ここで、京産大ってならないでしょう、普通。
 で、「特区」ってこと自体が、言い方を変えれば「依怙贔屓」なんで、既得権益団体の抵抗があって、いきなり全国区といかない案件を、「特区」という形で認めましょうということなんだから、その趣旨を考慮すれば、愛媛県加計学園なってなるのは、「依怙贔屓」っていうほどのことと思わない。
 この程度のことでデモに繰り出す意味が分からない。原発問題とか、安保問題とか、あれはデモも起こるだろうなと思ったよ。でも、加計問題が、それと同じレベルの問題か?、たとえ、「依怙贔屓」としても。納得できないんだよね。
 それで、森友問題はどうしたのよ?。あっちは検察が立件を見送ったんだから、いよいよ国会で証言できるでしょ?、佐川さん。呼ばないの?。一時は、「財務省解体か?」くらいだったのに、もう興味ないのかって。
 こういう態度を見てると、問題の真相を明らかにするのが目的じゃなくて、政争の具にしたいんだなって見えちゃうんですよね。
 もうひとつ郷原信郎さんのこの文章で、自分と意見の違う人たちを、ひっくるめて「安倍応援団」とかレッテルを貼る態度は、良くないと思う。結局、党派心が根っこなのかなと思っちゃうね。
 

「首相案件」

 近ごろ巷を賑わしている「首相案件」という言葉の意味が分からなくて、首を傾げていたせいか、また腰を痛めてしばらく寝ていた。
 ところが、ようやく、なるほどと思える説明に出会った。
ここ。

そもそも国家戦略特区という政策が当初から「安倍政権の目玉政策」であるからだ。したがって首相秘書官が「これは首相案件」と言ったとしても、なんの不思議もない。むしろ当然である。

 思わず笑っちゃうくらいその通りなんだった。

国家戦略特区は、既得権益勢力の抵抗に遭ったりして、いきなり全国で展開するのが難しい政策課題をまず特区で手がけ、成果を見極めたうえで、やがて全国に広げるという政策手法だ。安倍政権は2013年に国家戦略特別区域法を施行し、各地からアイデアを募って随時、実行に移してきた。

区域を認定するのは国家戦略特区諮問会議であり、安倍首相は議長を務めている。だから、特区を「首相案件」というのはその通りであって、何の問題もない。

ちなみに、加計学園問題に火を点けたのも朝日だった。文科省の内部メモとされた「総理のご意向」文書をめぐる昨年5月17日付の記事だ。その文書も「総理のご意向」という言葉のすぐ後に、実は「『国家戦略諮問会議決定』という形にすれば、総理が議長なので、総理からの指示に見えるのではないか」と記されていた。


つまり、内閣府文科省に対して「首相の指示であるかのように取り繕ってはどうか」と促す話だった。逆に言えば「首相の指示」はなかったのだ。朝日はこの後段部分に黒く影を付けて読めないように加工し「総理のご意向」だけを強調していた。まさに印象操作である。

 私思うに、加計問題は、最初から問題でもなんでもない。組織的な天下りがバレてクビにされたヤツの逆怨みってだけのことだと思う。

沢田教一展

戦場カメラマン沢田教一の眼―青森・ベトナム・カンボジア1955-1970

戦場カメラマン沢田教一の眼―青森・ベトナム・カンボジア1955-1970

 沢田教一の写真展を横浜高島屋に訪ねた。
 沢田教一は、昭和11年生まれで、9歳のとき、青森の大空襲で家を焼かれた。
 ベトナム戦争

この写真でピューリッツァー賞を獲得したのは1966年、空襲で家を失ってから21年しか経っていない。まだ、9歳のときの戦争体験を忘れているはずがない。そう思ってこの写真を見ると、なんともいえない気持ちになる。沢田はピューリッツァー賞受賞のあと、この写真の家族を探して、賞金の一部を渡したそうだ。
 それでも、長く戦場にいると人の死に慣れてしまいそうで怖いとも漏らしていたそうだ。
 沢田教一は、当時、アメリカの通信社だったUPIの所属としてベトナムに従軍していたわけだったが、UPIから派遣されていたわけではなかった。日本で内勤だったのを、休暇を利用して自費で渡航した後、英語力と写真の技術で、そのまま従軍カメラマンになった。
 だから、カメラも三沢基地のカメラ店で働いていたころの中古のライカM2とローライフレックスで、上の写真も135mmレンズで撮っている。
 135mmレンズってのは、ちょっとカメラを使った人なら分かると思うが、中望遠と言われるもので、猫なんかを撮るときによく使う。
 その程度のレンズで戦場を撮ろうとすれば、文字通り「従軍」せざるえない。軍のヘリコプターに同乗して前線に降り立ち、隊と行動を共にする。
 戦争末期のフエの市街戦を撮った写真を見ると、全く兵士と目の高さで撮っている。だから、迫力のある写真になるし、何より、兵士が自然な表情を見せてくれるのだと思う。ゲルダ・タローがスペイン内戦を撮った写真とアングルが似ている。
 第一次大戦のオットー・ディックスは、実際に兵士だったが、カメラではなくスケッチだった。ロバート・キャパが従軍したノルマンディー上陸作戦の写真は、現像係がミスしてほぼすべてをダメにしてしまった。
 そう考えると、ベトナム戦争の時代は報道写真をめぐる技術の面でも、その“salad days”だったと言えそう。
 アメリカ政府は、ベトナム戦争を正義の戦争だと信じて疑わなかったので、第二次大戦の硫黄島の戦いで、星条旗を立てる兵士達の写真のようなものを、戦場写真だとイメージしていて、カメラマンが軍と行動を共にすることをむしろ積極的に推奨していた。その後の戦争では、報道は規制されることになる。
 イラク戦争にはロバート・キャパ沢田教一もいない。ダナンの冷房の効いた部屋で記事を書いていた記者はたぶん今もいる。
 絵でなく、言葉でなく、写真であることの意味と、写真が、絵や言葉であってはならない意味が明白になる。ベトナム戦争が正義ではないことを暴いたのは紛れもなく報道写真だった。
 もし、イラク戦争の正義に、私たちが疑いの目を向けることができているとすれば、それは、ベトナム戦争の報道カメラマンたちのおかげなのである。イラク戦争の実態について、私たちはまだ知らないのだと思う。
 ロバート・キャパもそうたったが、沢田教一ベトナム戦争報道の仕事から離れたあと、カンボジアで命を落としている。その死についてはまだ謎があるようだ。

『ペンタゴン・ペーパーズ』

f:id:knockeye:20180408215905p:plain
 ベトナム戦争についてアメリカ政府が隠蔽しようとした戦争の実態が、内部告発と報道によって暴かれる、その過程を、この脚本は、ワシントン・ポストの社主・キャサリン・グラハムを主人公にして描いていく。
 この脚本のオリジナルは、リズ・ハンナという無名の女性が、キャサリン・グラハムの自伝に触発されて書いたもので、ソニー・ピクチャーズ会長のエイミー・パスカルが一読して映画化を決めた。その発表が2016年10月、クランクインしたのが2017年5月30日、クランクアップはその年の11月6日と、スピルバーグ作品で「もっとも短期間で完成」した映画だそうだ。
 スピルバーグがインタビューで

この映画は私たちにとっての「ツイート」のようなものです。

と発言している。
 
 だとすれば、これほど贅沢なツイートもないが、メリル・ストリープトム・ハンクスをはじめ、すべてのキャスト、そして、脚本をリライトしたジョシュ・シンガー(『スポットライト』でオスカーを獲得した)を含め、すべてのスタッフの、プロの手並みの鮮やかさを感じさせる。
 
 日本の映画でこれに似たことを感じたのは、川島雄三監督の『幕末太陽傳』を観た時で、当時の日本映画の、キャスト、スタッフの全体的なスキルの高さが、幕末の品川遊郭を再現した画面から伝わってきた。主演のフランキー堺がのちに小林信彦に語ったことでは、「フランキーもの」と呼ばれるシリーズのひとつくらいな軽いノリだったらしい。今では日本映画を代表する名作のひとつになっている。構想〇〇年が傑作を生むとは限らないわけ。
 
 この脚本の優れた点は、主人公のキャサリン・グラハムと、「ペンタゴン・ペーパーズ」を作らせたロバート・マクナマラの、家族ぐるみで親しい交際に着目した点だと思う。
 ロバート・マクナマラといえば、ベトナム戦争を泥沼化させた張本人のように、私なんかは思っていた。し、そう言っても間違いとまで言われないだろうけれど、だから、そちら側の視点から、ベトナム戦争を描く試みはなかなか困難なはずだが、ベトナム戦争という大きな構図を、キャサリンマクナマラの旧友同士の関係(対決?)に落とし込んで見せたのは見事だった。
 プライベートで親密な友人であったとしても、パブリックな立場で意見が対立したとき、ちゃんとした会話が成立するか、感情的にならず、なあなあにならず、自分の思いを相手に伝えられるか、それができることが大人であることなんだが、日本で「大人になる」という言葉はそれと真逆の意味で使われている。
 プライベートとパブリックがなあなあだから、日本では大人のドラマが成立しない。それは、映画やテレビで成立しないだけでなく、現実の生活の場で成立しないのだ。
 たとえば、この映画をダシに使って、最近の安倍政権と朝日新聞の関係について、誰かが何か書いたりするかもしれない。
 しかし、日本の報道機関には記者クラブなんていうなれあいのための団体があり、自分たちの既得権をガッチリ守っている。報道機関自体が既得権団体なのだ。そして、その既得権を守るために自分たちの情報源である官僚の不利になることは絶対に書かない。
 文科省の元事務次官が、天下りの責任を取って辞任したのに、天下りについては一切書かず、文科省から次々と出てくるメモのたぐいだけを報道したりするのがその一例である。
 キャサリンマクナマラのように、日本の報道と官僚は、プライベートとパブリックな関係で引き裂かれたりしない。パブリックの場でも堂々と馴れ合っている。
 森友問題にしても、自衛隊の日報問題にしても、問題は文民統治が平然と侵犯されたことにあるのに、それがなぜか政権の責任という報道になる。「政権はいまのところ佐川信寿・前国税長官にすべての責を押しつけて逃げ切りを図る構えだ」みたいなことを書いてくれる。
 官僚にとってみれば、自分たちが公文書を書き換えても、情報を隠しても、クオリティ・ペーパーの記者クラブが、政権のせいにしてくれる。
 そして、あわよくば、内閣人事局を槍玉にあげようと、アドバルーン記事を上げてみてくれる。
 しかも、それをなぜか国会前でデモなどして応援してくれる国民がいる。この意味がわからないデモが、民主主義と何か関係しているのだろうか?。
 ロバート・マクナマラは、少なくとも「ペンタゴン・ペーパーズ」を作らせて、後世のために保管させていた。だから、暴露もできた。日本の官僚は、文書を破棄し、書き換えている。どっちがひどい?。
 官僚が、国民の代表である国会に対して欺瞞を働いたのであるから、国民は当然、官僚に対して怒らなければならないはずだが、「公文書を書き換えて自殺した役人が可哀想」みたいな。どっちかといえば、騙されてる自分たちがよほど可哀想なはずなんだが、当の騙してる官僚を応援している。まあ、あのデモの実態は動員か知らないが、報道もデモもヤラセだとしても、目下のところ、私たちにどんな選択肢もない。
 こういうことを書いてると「安倍応援団」とか言われるが、控えめに言っても、記者クラブメデイアが「官僚応援団」だと思うが、むしろ、同じ穴のムジナか。
 いずれにせよ、官僚とつるんだ記者クラブメディアが政権を攻撃することと、アメリカの報道が政権の嘘を暴くことは、まるで違うだけでなく、ほぼ真逆である。
 ニューヨーク・タイムズワシントン・ポスト対アメリカ政府という法廷闘争も描かれるが、この判決も感動的だ。その描き方もうまい。
 日本の場合、司法と行政がグズグズなので、こういう判決が下ることはまずない。日本の場合、司法も行政も報道もすべてがなれあっていて、国民の声が反映されることはない。つまり、日本では裁判でも選挙でも民意を反映させることができず、それを報道する場もなく、逆にメディアには「日本国民は右傾化している」と書かれるだけなのである。
 
 クレジットの最後にノーラ・エフロンへの献辞がある。ノーラ・エフロンはもちろんトム・ハンクスとは『めぐり逢えたら』、『ユー・ガット・メール』など若い頃からタッグを組んできた間柄で、メリル・ストリープは『心みだれて』で、ノーラ・エフロン自身(と言っていいと思うが)を演じた縁でもあった。
 しかし、これは、オリジナル脚本のリズ・ハンナ、ソニー・ピクチャーズのエイミー・パウエル、そして、何より1970年代に、ワシントン・ポストの女性社主として、果敢にニクソン政権と対決したキャリー・グラハムだけでなく、男性社会で戦っている女性たちへの賛辞であるのだろう。
 ロバート・マクナマラとの対決についてはさっき書いたが、ワシントン・ポストの他の取締役に切ってみせる啖呵も胸のすくものだった。
 ちなみに啖呵を切られていたのは、テレビシリーズ『ホワイトハウス』でジョシュを演じたブラッドリー・ウィットフォードだったようだ(間違ってたら御免なさい)。
 それから、こないだ『シェイプ・オブ・ウォーター』で、ソ連のスパイを演じていたマイケル・スタールバーグが、ニューヨークタイムズの編集局長を演じていた。
 

教育の場でなく教養の場としての学校

 はてなブックマークで、去年、2017年の「年間ブックマークランキング100」の7位に【7年かかった】19歳から7年、1人で30個のWebサービスを作り一発当ててもう働く必要がなくなったので振り返ってみるつって、19歳からコツコツwebサービスを作り続け、7年で一生働かないで生きられるお金を貯めたって人の回想が載ってた。
 「まじめに働く」って言葉の意味が昔と同じであるなら、今の時代、その言葉の内容はこういうことを指すって言っていいんだと思う。
 少なくとも、「愛社精神」とか言って、すすんで社畜になって、会社のために心身ともに捧げ奉るなんて生き方は、六〇年代ならともかく(その頃でも全面的に誉められた生き方だったとは思わないが)、今では「まじめ」どころではなく、「ふざけてんのか」と言われる働き方だと言えるだろう。
 具体的に例を挙げれば、オリンパス粉飾決算を隠蔽しようとした幹部たち、奇しくも、この5月には、あの事件を扱ったドキュメンタリー映画『サムライと愚か者 オリンパス事件の全貌』
サムライと愚か者 オリンパス事件の全貌
が公開されるが、彼らを「企業戦士」などと物騒な言葉で、150年前に滅びた「サムライ」にたとえて表現してきたのは確かだし、ああいう事件を見るかぎり、日本の企業と社員の関係が、国際社会に対して、同じ責任を担う法人と個人の契約関係であるよりも、いまだに、領主と領民のような封建的な関係を脱していなかったと批判されても仕方がないと思う。
 さらに言えば、森友問題で公文書の書き換えをやった官僚たちの働き方だが、あれを指して、「まじめ」だと言いうる価値観がまだどこかに漂ってる可能性はある。たとえば、「書き換えをやった官僚は、ある意味、まじめなんですよ」なんて、そのへんのコメンテーターがいかにも言いそうな気がする。
 公文書を書き換える官僚の働き方が、まじめなどでは絶対にないのは言うまでもないが、ただ、彼ら官僚が、この国の教育システムでもっともまじめだと評価されてきた人材の集団であることもまた間違いない事実てある。

 橘玲が「日本の官僚が保身のために規則をあっさり破る理由」という一文を、週刊プレイボーイに書いていたなかに、官僚経験者らが口をそろえて優秀な官僚がそんな愚を冒すはずがないというが、官庁の情報隠しはこれまでにも頻繁に起きてきたし、そもそも官僚は、「規則」を遵守しているのではなく、「前例」に固執しているだけだと指摘している。

 「平時には両者(規則と前例)のちがいはほとんど見分けがつきませんが、異常なことが起こるとはっきりと分かります。『前例』のない事態では、日本の官僚は保身のためにあっさりと規則を無視するのです。」

 この前例至上主義は、教科書に書いてあることを神聖視して反復することこそ正義だと教える、日本の教育システムで人格を形成した、エリートのなれの果てをまざまざと見せつけるように思うのだけれど。
 そして、もう一度文頭に戻って、19歳から大学にもいかず、企業に就職もせず、独学でプログラミングを学んで富を作って、26歳からあとは自由に生きるって人と、国が国民から集めた富を投下した教育システムで「選良」とされた人たちの集団が、国のシステムを機能不全に陥れている現状を見比べるとき、これはもう暗然、慄然とするしかない。
 週刊プレイボーイのさっきの橘玲のコラムを読み終わったら、次のページをめくってください。堀江貴文西村博之が教育システムについて議論しています。
 堀江貴文の意見を要約すると、学校教育はすでにオワコンで、教育に国富から莫大な費用を投下してもほとんど回収できないので、教育に投資する代わりにベーシックインカムで、すべての国民に最低の生活を保証するほうがよい。今はインターネットで自主的に学習できる環境が確保できるのだから、優秀な人は勝手に学習する。
 これに対して、西村博之は、優秀な人はほっといていいのと、アホにカネをかけてもしょうがないのには同意するが、「教育を受けるのは無駄である」が常識の社会になると、フツーの人が優秀になれるチャンスを失うのではないか、ある程度の年齢までは、社会が教育に投資すべきではないかという意見だった。
 この議論では、西村博之に分が悪いのは、それだと今と何も変わらないことになってしまうので、今の教育システムの選良である官僚たちの体たらくを見るかぎり、それでいいとはなかなか思えない。
 AIやロボットが労働を代替できる時代に、無理して人間を教育する必要はないという、堀江貴文の意見にむしろリアリティーがある。時代が変わってきていることについては、西村博之も同意せざるえなかった。
 堀江貴文には『すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~』という著書がある。たしかに、明治以降の日本の教育システムには、つまり日本の学校には、そういう一面が強かっただろうと思うが、それだけではなかったと一旦留保したいのは、戦前の旧制高校の在り方で、私はもちろん実際には知らないが、詩人の中村稔の自叙伝である『私の昭和史』を読んで、その一端を覗いたことがある。学生による自治制度と全寮制が、独特の文化を作っていて、それは、洗脳とは言い難かったと思う。

 最近、吉田健一の本にはまっていて、『英国文学の横道』を読み終えたところだったのだが、イーヴリン・ウォーの自叙伝に触れたところがあり、ランシングの寄宿学校でどういう風だったか、また、オックスフォードのカレッジでの生活がどうだったかというあたりを読むと、すべての教育は洗脳であるなどということは、まず言えなくなる。
 イーヴリン・ウォー

「私は初めからオックスフォオドをどこか他所へ行く準備をするために来ているという風でなしに、そこに住んで楽む場所と考えていた。」

と書いているそうだ。
 これに続いて吉田健一が引用している『ブライヅヘッド再訪』の第一部第1章の文章をここに書き写したい誘惑に駆られるが、今はやめておくとして、こうした教養の場としての学校のあり方が、実は、学校の本来の姿だった。
 就職のための手段としての教育の場としての学校も、それはそれで有意義なのに間違いないが、堀江貴文西村博之も合意しているように、インターネットの誕生で、時代が大きく変わった。学校が教育の場として機能しなくなって来ているならば、本来の教養の場としての姿に立ち返ることが、遠回りのようでも、いま、必要なことなのではないかという気がする。

隈研吾 くまのもの

 書きそびれていたが、東京ステーションギャラリーで開催されている、隈研吾の展覧会に行ったんだった。
 あの日は、ルドンと鈴木長吉も観たので、こちらは後回しになった。
 「くまのもの」と題された展覧会で、今回は建築素材にテーマを絞っていた。
 なので、あたりまえなんだが、素材の特性から発想して全体を形作っていく建築家であるかのように見えた。
 それは例えば、こんな

高知県にある梼原木橋ミュージアムを見ると、受ける印象が壮麗であるだけに、かえって、素材へのこだわりが感じられる。
 だって、細い短い木を組み合わせてできてるからWOW!ってなるんで、これが分厚いコンクリート製だったら、その辺の高速道路だもん。
 素材へのこだわりは、環境負荷とか地産地消とかも含めて、土地土地の文化に対する敬意とその尊重を感じさせる。
 もう一点は、可塑性というとおかしいかしれないが、かたちの柔軟さ。
 それは、素材の特性を最大限に生かそうとすることともつながっているが、一方では、コンクリートとガラスでできた四角い箱に対する反発でもあると思う。
 その点ではザハ・ハディドと共通していたと思う。
 例えば、アゼルバイジャンのヘイダル・アリエフ・センターが、ザハ・ ハディド自身の意図がどうであろうと、四角い箱に対するアンチテーゼであることは確かである。

 しかし、ザハ・ハディドの建築が数学の美しさを思わせるのに対して、隈研吾の方は土着的に感じられる。それは、木や竹や石といった自然の素材に目を奪われるというだけでなく、日本人としてはめずらしいことでもなく、何もない砂漠に巨大な石の塔を立てるといった崇高性への志向よりもむしろ、周囲の自然に溶け込んでゆく、か、あるいは、周囲の自然から浮かび上がってくるような方向を好むのではないかと思う。
 『負ける建築』、『自然な建築』、『小さな建築』、などいう著書のタイトルだけ見ても、同じように、四角い箱に対立しているとしても、ザハ・ハディドの方向とはまったく違っていると思われる。
 2020年の東京オリンピックの国立競技場の建築家が、ザハ・ハディドから、隈研吾へと変わったわけだけれど、良くも悪くも日本的な志向ではある。
 ザハ・ハディドの設計した最初のキールアーチがあそこに聳える姿を見たかった思いもあるのだが、結果としては、それは実現しなかった。
 大阪万博の時は、丹下健三が設計した大屋根を突き破って、岡本太郎太陽の塔が出現したが、いまの日本人にはそのパワーがなかったって風に見えてしまう。
 もっと言えば、もし環境負荷や自然やを考えるなら、オリンピックを招致しないか、あるいは、招致しても、1964年の施設を再利用すれば、その方がはるかに環境に優しかったはずである。
 今あるものを使えばいいのに、わざわざ新しいのを造って、イメージだけは「環境に配慮」みたいなのには、何かしら居心地の悪いものを感じる。