ダブルインパクト、ミラーニューロン

knockeye2015-05-17

 東京芸術大学大学美術館で「ダブルインパクト」を観た。最終日になってしまったので、さぞや混雑しているだろうと懸念していたが、そうでもなくて助かった。同じ美術館でシャガールの最終日に来たことがあって、そのときは行列を見ただけで退散したので。
 「ダブルインパクト」というこの展覧会のタイトルは、近年、ジャポニズムとして日本の芸術が西洋絵画に与えたインパクトについては展覧会も多く開かれてきたけれど、その反作用の部分、西洋絵画が日本に与えたインパクトを再考してみようという主旨だった。
 しかし、それは、ある意味ではいまさら言うまでもないことでもあるだろう。日本の近代化はそのまま西洋化であったわけで、その反動として叫ばれた国粋主義みたいなもののすべては、西欧に対するコンプレックスにすぎず、その国粋主義の文脈で語られる「日本文化」ほど、日本文化の伝統に遠いものもなく、その遠さがキッチュとして、しかるべきところに収まっていないと、その人の感覚はいびつだと言わなければならないだろう。
 今回のポスターに使われている、雷に打たれているひげ面のオトコはいったい何だろう?と、さして気にもとめずにいたのだが、菅原道真だと知ってびっくりした。菅原道真が天神様になる瞬間なんですと。まずは笑っちゃうし、それが健全な反応というものでしょう。

 高橋由一の「日本武尊」なんか高橋由一の‘黒歴史’といいたいくらい。おなじ高橋由一なら「司馬江漢像」の方がずっといいし、もちろん、有名な新巻鮭の方がはるかにいい。 
 しかし、こういうキッチュ(としか見えない)を大まじめにやった結果は大惨事なわけだから、笑ってばかりもいられない。靖国神社を代表とするこれらのキッチュは、たとえば、カプセルホテルが日本文化だといった意味でなら、たしかに日本文化だけれど、すくなくとも日本文化の正統ではない。
 そんな油絵で描かれた「日本武尊」なんかと、こんな感じの

工芸品と較べて、どっちが価値があるか、って尋ねてみて、「日本武尊」の方を選ぶ人は、やっぱり‘あぶない’と思う。
 高橋由一でいえば「花魁」も出品されていました。
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これがどう名画なのかといえば、そのリアリズムに感動するんだと思う。油絵で女を描くときに、美化する気がさらさらなく、ただ‘写す’ことだけにしか興味がなかった、その無心さがすごい。
 そのことは、黒田清輝

「湖畔」と較べるとよく分かる。この「ダブルインパクト」の後の時代の黒田清輝がいかに新鮮であったかは、今回、東京芸術大学大学美術館の向かいにある黒田清輝記念館を訪ねてみて実感した。
 この「湖畔」の女性の美貌は、もちろんもはや浮世絵の、たとえば歌麿の美人とはまったくちがう。けれども、西洋女性の美しさともやはりちがう。浴衣が、風俗として、油絵の技法でとらえられている。夏だから、胸元を少しくつろげているとか、生地も模様も涼しげだとか、そういうことを油絵で表現している。「書見」という絵が展示されていたが、着物を着た男性がめがねをかけて本を読んでいる、そういう、近代の日本の一場面を気負わずに切り取ることができた画家は黒田清輝が最初だったかもしれないし、実は、そんなにいないかもしれない。
 狩野芳崖の「悲母観音」もあった。狩野芳崖はこの絶筆が有名になりすぎて損している気がする。ホントはもっと多彩だしもっとうまい。フェノロサ岡倉天心と出会う前から名人だった。
 河鍋暁斎の「風神・雷神」があった。

「風神・雷神」は、俵屋宗達のオリジナルを尾形光琳が写して、それを酒井抱一が写して、そして、その弟子の鈴木基一がまた写しているが、歌川国芳の弟子、つまり、本来は浮世絵師の河鍋暁斎がこれを描くのは明治の面白さかもしれない。生き生きとしているという点では、いちばん俵屋宗達のオリジナルに近いかも。何重にも屈折した国粋主義よりも、明治のこういう明るさを私は選びたい。河鍋暁斎については、6月末から三菱一号館で回顧展がはじまる。
 黒田清輝記念館の後、初台のオペラシティ・アートギャラリーで開かれている、高橋コレクション展を観にいった。 
 これは、道順にすぎなかったのだが、明治時代からひとっとびに現代の‘クールジャパン’に飛んだわけで、この組み合わせはインパクトがあった。トリプルインパクト?。
 高橋コレクションは、以前に「ネオテニー・ジャパン」という展覧会が、たぶん、伝説というか、語りぐさというか、事件というか、エポックメイキングというか、そういうなにかしらだったと思う。今回のミュージアムショップにも、「ネオテニー・ジャパン」の図録が販売されていた。
 会田誠の「ジューサー・ミキサー」は実物をはじめて見た。六本木ヒルズでやっていた「天才でごめんなさい」(だったっけ?)は開催日を間違えて見逃してしまった。
 これは安藤正子の「スフィンクス

高橋由一の「花魁」からここまで来るわけ。これはやっぱりすごいと思う。