「幸せをつかむ歌」

knockeye2016-03-18

Ricki and The Flash: Original Motion Picture Soundtrack

Ricki and The Flash: Original Motion Picture Soundtrack

 共和党の大統領候補はマジでトランプ氏になるみたい。池上彰週刊文春のコラムに書いていたけど、対抗馬のクルーズって人も、カリスマ性がないだけで、マシンガンの銃身にベーコンを巻いてぶっ放したり、「イランとの核合意を破棄し」、「イスラエルの米大使館をエルサレムに」とか言ってるそうで、どっちに転んでもろくなことにならない。リンカーン共和党だったのがウソみたいだ。
 でも、アメリカの大統領選について「本気なの?」と思ったのは、これが最初ってわけでもないなと思い出すのは、アル・ゴアじゃなくて、ジョージ・W・ブッシュが選ばれたときも、「マジかよ?」って笑ったわけだった。あの時は、どっかの州知事だったブッシュの弟が票に細工したんだろうと思ったけど、今回のトランプ旋風を見ると、そうとばかりもいえないかもしれなかった。
 「幸せをつかむ歌」を観ていて、そういうアメリカの白人の感じがリアルにわかる気がした。メリル・ストリープが「リッキー・レンダーゾ」という、場末のロックミュージシャンを演じている。原題は「Ricki and the Flash」。ザ・フラッシュってのは、リッキーのバンド。ギタリストのリック・スプリングフィールドをはじめ、渋めのミュージシャンを揃えたようです。
 デトロイトを舞台にした「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」でも、吸血鬼がジャック・ホワイトの家の前に車を停めてちょっと一言いったりするのだけれど、ロックという音楽自体が、白人貧困層のものになりつつある気がする。ロックは元はといえば、黒人のブルースなんかを源流にしているはずだが、アイリッシュスコティッシュヒルビリーという人たちの民謡が、カントリーの源流でもあるそうなので、ロックは案外白人の根っこの部分に響くのかもしれない。
 リッキー・レンダーゾと名乗るこの女性は、ミュージシャンだけでは食えなくて、ずっとスーパーのレジ打ちをしている。その上司が、中南米系かアジア系か微妙な感じで、つまりオバマに似ている。
 ミュージシャンを続けたいために分かれた旦那は大金持ちになっていて、警備員付きの大邸宅地(いわゆる“ゲーテッド・コミュニティー”)に住んでいるけど、その後妻は黒人女性で、リッキーの産んだ3人の子供はこの人が育てたわけ。
 その長女が、結婚したばかりの旦那に捨てられて自殺未遂。それで、急きょ、久しぶりの家族再会になるわけですが、親子5人+息子の婚約者がそろったレストランの会話が面白かった。
 ゲイの長男が「リッキー・レンダーゾなんて名乗ってるくせに、2回もブッシュに投票して」とか罵る。その人に「投票した」ことじたいが罵倒の言葉になる大統領ってどうなんだろう?と、そのセリフを聞いて笑ったけど、ああそうか、あのときブッシュに投票したひとは、今度はトランプに投票するしかないわなとも、妙に納得してしまった。
 リッキーは、もし、ミュージシャンの夢をあきらめて、元旦那の女房におさまっていれば、外の世界を遮断して、金持ちのコミュニティーの中で暮らせていたわけだけれど、それを捨てたという選択について、それを愚かさというべきかどうかなんだけど、愚かだったかどうかの判断よりも、そういう自分の選択についてどう折り合いをつけるか、その結果を引き受けて前に進んでいく強さがアメリカっぽいところだし、リアルなところなんだろうと思った。
 それが「ブッシュに二回も投票した」と、ゲイの息子に言われるリアリティーなんだろう。そういうセリフは日本の映画には不可能だと思う。日本の政治の季節はしょせん「シールズ」なんていうお祭りなんであって、親子や兄弟の話題にはならない。親がジャイアンツファンなら子供もジャイアンツファンであるように、親が左翼なら子供も左翼、親が右翼なら子供も右翼、そんなところに過ぎないだろう。政治が自分たちをかえると思っていないし、自分たちが政治を変えられるとも思っていない。政治がリアルじゃないんだ。
 佐藤優の『官僚階級論』に民主主義は独裁制と親和性が高いと書いていたけど、大統領選は、独裁者選びそのものなんだから、逆説的に、最も民主主義的なんでしょう。政治が行き詰まると、民主主義社会の一般大衆は独裁者を選ぶ以外に官僚に対抗するすべがない。
 あの本について書いたときは、柄谷行人の「トランス・クリティーク」の部分についてはほぼ全く触れなかったけど、佐藤優自身はとてもプラグマティックなというか、実践的な宗教家なんだなと思った。佐藤優のあの本の結論としては、結局、言説を通して官僚の質を上げていくしかないということだったと理解しているけど、しかし、それだと、一般庶民としては、優秀な官僚より、優秀な独裁者に期待するほうが手っ取り早い。
 つまり、トランプ氏に熱狂するのはばかげてるけど、バーニー・サンダースに支持が集まるのは良いことなんじゃないかというわけだが、その支持の根っこはそんなに変わらないんじゃないかとも思う。バーニー・サンダースが大統領になって、アメリカが社会民主主義的になるだろうか、わからないけれど、大統領制はそういう劇的な変化に期待を抱かせはする。
 日本人は三権のうち立法にしか選挙権を発揮できない。国会議員選挙制度をあれこれいじるよりも、やっぱり、行政と司法の長についても国民が選挙できる制度にしたほうがいいんじゃないか思う。