「海よりもまだ深く」

knockeye2016-05-23

 是枝裕和監督の最新作の「海よりもまだ深く」というタイトルは、テレサ・テンの歌詞の一節から取られている。劇中歌にも使われている。このやり方は以前の「歩いても、歩いても」が、いしだあゆみの歌から取られていて劇中歌にも使われているのと同じだし、あの時の母親も樹木希林、息子が阿部寛、なので、続編というとらえ方をしてしまうけれど、シチュエーションはまったく変わっているので、「歩いても、歩いても」を観た人のひそかな楽しみというだけのことである。
 今回、阿部寛が演じる主人公は、小説家、あるいは、元小説家で、「自称小説家」とまで言いすてられないのは、かつては「島尾敏雄賞」なる受賞歴があるらしい。「島尾敏雄賞」は、多分現実には存在しないみたい。ただ、もしそういう賞があったとしたら、それを獲る小説は私小説に決まってる。小林聡美が演じる姉に、家族のことを書くのはやめてほしい、みたいなことを言われる。向田邦子が「父の詫び状」を書いた時にも同じようなことを言われたらしいのを思い出した。
 是枝裕和は、「空気人形」みたいなファンタジーを撮る一方で、「歩いても、歩いても」もそうだったが、私小説的な映画も撮る。ただ、ホントに私小説ではないんだよね。今回の主人公は、売れない小説家でなりわいは探偵だし、元嫁との間には息子がひとり。樹木希林はつれあい(つまり主人公の父親)を亡くして一年ほど。そして、西武沿線の古い団地に独り住いしている。
 団地は、最近の日本映画では、ちょっとブームなんだろうね。宮藤官九郎の「中学生円山」、中村義洋の「みなさん、さようなら」、阪本順治の「団地」、まだ他にもあるかも。行定勲の「ピンクとグレー」は?。
 いずれにせよ、団地は、高度経済成長のノスタルジーを乗せる舞台として、あまりにも魅力的なんだろう。
 「なりたかった大人」になれなかった大人たちの物語、か。でも、何かになりたいとか思ったことすらなかったな。ほっときゃ大人になるんだろうと思ってたし。それ自体が高度経済成長の幻想であったんだけど。その意味では、過ぎ去りし高度経済成長へのレクイエムなのかも。私小説という形式は、それにはたしかにふさわしいでしょう。
 キャストにも、ひいきの劇団を観るような楽しみがある。「そして父になる」のリリー・フランキー真木よう子、それから、高橋和也小林聡美のダンナで出てきた時は、兄貴は絶対この人なのかよと思っちゃった。「歩いても、歩いても」の時も、義理の兄なんだよね。
 樹木希林は、「歩いても、歩いても」、「そして父になる」、「海街diary」とずっと。橋爪功は、「奇跡」から。池松壮亮は、今回が初参加なんだけど、こうやって並べると、セリフに癖のある人が好きなのかね。
 映画館が明るくなって余韻に浸ってると、前のおばさんがツレのおばさんにプリプリ怒った感想を吐き捨ててた。そういう人は多分少数派だと思うけど、ま、何にも起きないですよ、この映画。「バットマンvsスーパーマン」に比べればですけど。