「セールスマン」、ソウル・ライター

knockeye2017-06-12

 前後してしまったけど、土曜日には、渋谷のBunkamura ル・シネマで「セールスマン」を観たんだった。なんか、私が観た前の回には、主演女優のタラネ・アリドゥスティが舞台挨拶をしたそうで、予約の段階で満席だった。
 この映画を撮ったアスガー・ファルハーディ監督の「別離」が、私はすごく好き。苦味のあるユーモアというか、なんかスッキリしない後ろめたさみたいな、そういう微妙な心理が、じわっと滲み出てくる映画だった。しかも、ラストがよい。ラストでふりだしに、ひっくり返したスノードームの雪が鎮まっていくような。
 今回のラストシーンもよかった。割り切れなさを抱えたまま、年取っていく。
 「別離」も「セールスマン」もアカデミー外国語映画賞を受賞している。すでに巨匠。強く推奨したい。
 イランは先の選挙でも、穏健派のロウハニ師が選ばれたし、ふつうのイラン人は世俗的に(つまり、良くも悪くもフツーに)なりつつあるらしい。エマニュエル・トッドもイランは、非宗教化の過程にあると考えているそうだ。
 むしろ、ケマル・アタチュルク以来、欧州の一員であるかのように思われていたトルコのイスラム化が、今は不穏なように思う。
 なので、オバマがイランとの国交を正常化し始めた時にはホッとしていたのだけれど、トランプがぶち壊しにかかってるようなのには、舌打ちしたい気分だ。トランプは気のいいおじさんだと思うので、イランやキューバとギスギスしないほうがいいって、誰か言ってあげればいいのに。
 この日はずっと渋谷にいた。そのあとは、Bunkamura ミュージアムで、ソウル・ライターの写真展を観た。ソウルと訓ませているけれど、「サウルの息子」のサウルとおなじだと思う。
 もともと画家志望でニューヨークに出てきたそうだが、アンリ・カルティエブレッソンの写真展を観て、写真もいいなって、リチャード・プセット=ダートてふ写真家に手ほどきを受けたらしい。
 一時期はファッション誌のグラビアも撮るほど売れていたが、次第に忘れられた存在になる。80年代にはスタジオも畳んだ。「チャンスを逃す才能がある」と友人に言われたらしい。
 しかし、今世紀になって、これまたある日突然って感じで、撮りためていたカラー写真が脚光を浴びることになった。カラー写真ってとこがポイントらしい。木村伊兵衛は晩年にカラー写真も撮ったが、アンリ・カルティエ=ブレッソンはカラー写真を撮らなかった。永らく、写真芸術と言えばモノクロだったのである。
 確かに、アンリ・カルティエ=ブレッソンの写真に色がついても魅力が増すとは思わない。しかしそれはアンリ・カルティエ=ブレッソンのイメージに色がないからだろう。アンリ・カルティエ=ブレッソンの模倣者たちが色のない写真を撮り続け、これ以外に写真はないと思い込んだとしても、イメージに色があるカメラマンは、色のある写真を撮る。
 でも、ざっと経緯を聞いたかぎりでは、ソウル・ライターが売れなかったのは、そもそも本人が売れる気がなかったってことに尽きるみたい。1996年にイルフォード社が援助を申し出なければ、これらの写真は現像もされないままだったかもしれない。ベッドの下から引っ張り出したって話だ。
 2005年にドイツの出版社から『Early Color』が出版されて評価が定まるが、話を聞いていると、その間、奔走したのはマーギット・アープてふギャラリースタッフのようだ。
 まわりがやきもきしているのに、本人は平気で貧乏しているっていう。
 写真のナビ派って紹介がされていたが、アンティミスムという意味ではまさにそうだろう。小さな身近なモティーフを愛した。大胆な構図はまさに浮世絵で、その嗜好もナビ派と共有している。シェードの影が覆って画面の3分の2が真っ黒な写真には感動した。

 この構図は、浮世絵か、ナビ派か、ロートレックか、アンリ・リヴィエールといった、浮世絵にインスパイアされた画家たちのそれを思わせる。
 そして、一方では、この中央にこちら向きに歩いてくるうつむき加減の男の顔や、右奥に歩み去っていく婦人のふくらはぎに色があることが決定的に重要なのだ。この写真はモノクロではありえない。
 ソウル・ライターとロバート・フランクの映画は見逃してしまったが、映画.comシネマの近日上映作品に入っていたので、観てみたいと思う。