高畑勲がつくるいわさきちひろ展、奈良美智がつくる茂田井武展

knockeye2017-07-09

 上井草のちひろ美術館で「高畑勲がつくるちひろ展」と「奈良美智がつくる茂田井武展」。
 いわさきちひろって人はとにかく絵がうまい。っていうと、褒めてるように聞こえない今日この頃だが、いわさきちひろくらい世の中に出回っている絵の、実物を見たときに「巧い」って感じるのは新鮮な体験だと思う。水墨画没骨法という輪郭線をつかわない描き方と、俵屋宗達のたらしこみを、水彩画に用いた第一人者なんだろう。

 出会い頭だが、奈良美智がつくる茂田井武展が収穫だった。1930年、21歳のとき、写生旅行に行くと言って東京を発ち、シベリア鉄道でパリまで。パリでは、日本人クラブの食堂で皿洗いをしながら描いていた絵だそうだ。
 奈良美智は、東京国立近代美術館でも展覧会をキュレーションしていた。そのときの展覧会と今回のを通して、奈良美智の絵について、個人的に腑に落ちるところがあった。図録にこう書いている。
「学校で習う美術のつまらなさは、
それが自分の生活からかけ離れていたことだ。
僕は絵を描いたりしているが、
実を言うといわゆる名画よりも
生活する中で出会ったもの、
たとえば絵本から学ばせてもらったほうが多い。
そして僕の好きな日本の絵本作家たちは、
どこかしら茂田井武にその源流をみる気がする。」
 図録はちひろ美術館のサイトから購入できる。

 今年の年頭、千葉市美術館で「ブラティスラヴァ世界絵本原画展 絵本の50年 これまでとこれから」っていうのを観たんだけど、よくもわるくも「美術史」とはかけ離れているなと思った。それは一方では、凡庸に堕す惧れをはらみながら、一方ではつねにラディカルでありうる可能性を持っているといえる。よい画家が美術史をつくるのであって、美術史がよい画家を生み出すことはないだろうと私は思う。
 コンセプチュアル・アートってのが前世紀にちょっと流行ってたのだけれど、どうやら5年前くらいに死んだと思う。死んだのに気がついてないゾンビみたいのはまだいると思うけど。
 個人的には、ワタリウム美術館の「DON'T FOLLOW THE WIND」ってのを観て、死んでるのに気がついた。福島第2原発の立ち入り禁止区域に作品を展示する、なかなか刺激的な企画だったんだが、その図録を読んでたら、プロテスタンティズムがどうの、カトリシズムがどうのと、「はあ?」っていうことがつらつら書いてあって、いやいや、放射能汚染区域に作品を展示したんですよね?、その図録にそのお勉強は違うと思った。
 図録には、その美術展を立ち上げるてん末についても書かれてるんだけど、私には、準備のミーティング中ずっと、ICレコーダーでみんなの会話を録音して、何かふざけたこと言いやがったらリークしてやるつもりだったという、竹内公太の姿勢が一番共感できる。ちなみに、この人は、2011年の夏に、東京電力福島第一原子力発電所の屋上のライブカメラに向かって指を差し続けた、通称「指差し作業員」の代理人だ。
 言い方として共感されるかどうかはともかく、アートなんかどうでもいい。アートがどうたらはどうでもいい。
 NEWSWEEKのサイトに連載されていた、「現代アートのプレイヤーたち」って連載をしばらく読んでたんだが、だんだん退屈になって来て、ジョゼフ・コスースって人の
「芸術とは高価な装飾なのか、それとも哲学など種々の知的ジャンルに比肩しうる真摯な活動たりうるのか、それを問うたのです。」
っていう言葉で完全に冷めてしまった。
 この人にとっての絵は「高価な装飾」であるらしい。コンセプチュアル・アートと言いながら、アートのコンセプトが「高価な装飾」でしかないとは。しかも「哲学など種々の知的ジャンル」って。じゃあ、最初からそっちやれよ。
 というわけで、私の中では、コンセプチュアル・アートは終わったわけだったが、ついこないだ、ブラックボックス展とかで痴漢騒ぎとか。コンセプチュアル・アートの歴史を一行で書くなら、便器に始まり痴漢に終わった。コンセプチュアル・アートは、そもそもの最初から、知的エリートが大衆を見下ろす「高見の見物」にすぎなかったようである。