『ジュリエット』

knockeye2017-08-06

ジュリエット (新潮クレスト・ブックス)

ジュリエット (新潮クレスト・ブックス)

 日曜はあまりの暑さに外出を断念して、終日、本を読んでいた。あとで聞くと、実際、暑さで何人か死んだらしい。
 アリス・マンローの短編集『ジュリエット』。短編集の原題は、冒頭の作品「家出」("Runaway")だが、主人公がジュリエットの3つの小説「チャンス」、「すぐに」、「沈黙」の舞台をスペインに移した「ジュリエッタ」という映画の公開に合わせて、日本で出版する題名は『ジュリエット』にしたそうだ。
 パトリシア・ハイスミスの『リプリー』の時と同じ。マット・デイモンの「リプリー」が公開されるまで、あの小説の日本でのタイトルは『太陽がいっぱい』だった。今考えると、リプリーマット・デイモンでっていう、その思いつきはなるほど魅力的だった。
 アリス・マンローの小説が、実は、すごく多彩なんだとわかる短編集だと思う。表題作「家出」でヤギが見つかるシーンなんて、ちょっと他にない鮮烈さじゃないかと思う。
 「パワー」のテッサの造形も。私は、アリス・マンローの、超自然的なことに対する態度が気に入っている。懐疑的なんてポーズじゃなく、あるがままに観察して描写している。もし皮肉に感じられるとしたら、それは、そう感じる側の問題なんだろう。短編集『イラクサ』にある「なぐさめ」のガチガチの無神論者のダンナさんは今でも記憶に残ってる。
 でも、「パワー」に関しては、ナンシーの語られていない結婚生活が、この物語の容器としてあり、その部分が実はキモなんじゃないかとも思える。リフレクションとして見ている。というか、リフレクションとして見ているんじゃないか、と、読者が感じてしまうのだが、とにかく、圧倒的に巧いのだろう。
 「トリック」は、「もしかしたら運命の恋だったかも」っていう、誰もが心に抱えているかもしれない、にがいエピソード。読後にふりかえると王道なトリックだったと気づくけど、展開が巧みなので全然気がつかなかった。最後の主人公の述懐が意外で自然。チェーホフの後継者って言われるだけのことあるな。
 なんか「巧い、巧い」って書いてるのが恥ずかしくなってきた。それ以上です。朝から読み始めて一気に読んでしまった。小説が好きな人には強く推奨します。