トーハクに初詣

 これは先週の話になるのだけれど、上野の東京国立博物館に出かけた。「トーハクに初詣」みたいなキャッチコピーにはもう何年も前からおなじみだったけど、実際に出かけたのは初めてだった。

 というのは、実は(これは一生治らないと思うが)、渋谷に観に行くつもりにしていた映画の時間を1時間勘違いしていて急遽予定を変更した。

 というわけで、ルーズな行程になったためもあり、トーハクに行く前に、三井記念美術館に寄り道した。つうのは、ちょうどじぶんどきだったので、西利でお昼にしたかった。私は西の人間と言いつつ、小倉藩は徳川の譜代大名だったせいか、わが家のお雑煮は鶏のすまし汁だったので、関西風の白味噌の味を知ったのは大人になってからだった。お雑煮ではないけれど、この店では白味噌のお味噌汁が味わえる。

 三井記念美術館のお正月は、これもまた定番の、円山応挙の《雪松図》。この応挙の代表作を初めて観たのも京都だった。その時は、これが誰かの持ち物だとは思ってもみなかった。三井さんが持ってたのである。三井さんが発注して円山さんが描いた絵だったのだ。そう思うと、この屏風がちゃんと家具に見えてくるし、それがあった暮らしを想像してみたくなる。

  志野茶碗 銘 卯花墻 と、ノンコウと異名をとる楽道入の赤楽茶碗 銘 鵺も展示されていた。この三つだけでも眼福というべきであるが、個人的には、牧谿の絵と伝わる《蓮燕図》と小林古径の《木兎図》がよかった。

 トーハクの常設展は、この季節だけでなく、だいたいいつも人が少なく、その上、優品が多いので気に入っている。それに、撮影可だし。

 ちなみに昨日、大磯の左義長に出かけてみようと思いついたのも、トーハクで《左義長蒔絵硯箱》 伝 本阿弥光悦を観たからだったかもしれない。

 

f:id:knockeye:20180107144655j:plain

  戌年ということにかけて、犬にまつわる絵を選んで展示していた。という場合、円山応挙の《朝顔狗子図杉戸》が展示される。朝顔と子犬が杉の戸に描かれている。知らない人は検索してみるとよい。子犬が超かわいい。しかし、これは杉の戸が背景であるために、普通のカメラでは展示ケースのガラスが反射して写真にならないので撮らなかった。

 紫綸子地竹雲模様と紅綸子地梅樹模様の振袖がはなやかだった。

f:id:knockeye:20180107142049j:plain

f:id:knockeye:20180107142153j:plain

f:id:knockeye:20180107142133j:plain

 珍しいところでは、亜欧堂田善の《浅間山図屏風》は、油絵で描かれた屏風。小品は観たことがあったが、ここまでの大画面は初めて観た。亜欧堂田善はどういうわけか松平定信の命で長崎に赴き蘭画を学んだらしい。一般的に知られている日本初の洋画家というと、秋田蘭画の小田野直武とか司馬江漢を思い浮かべるが、このふたりは平賀源内の人脈につながっている、ということは、松平定信の仇敵、田沼意次につながっていると思われるのだから、どうもこの時期、幕府内で敵対する、守旧派と改革派でともに西洋画の技法を習得しようと張り合っていたかのように見えてしまうが、何事なんだろうか。興味が尽きない。

 

f:id:knockeye:20180107140303j:plain

 トーハクの別棟の法隆寺宝物館には、田沼意次松平定信の時代の天皇で最近の女帝でもある後桜町天皇の筆になる古歌の掛け軸もあった。

 

f:id:knockeye:20180107154951j:plain

 渓斎英泉の書き初め美人って浮世絵があった。こんなおめでたい系の絵でも、渓斎英泉の女はあの独特な目をしている。離れて、ちっちゃくて、つりあがっている。渓斎英泉は菊川英山の弟子だったそうだ。去年、太田記念美術館で菊川英山の没後150年記念の回顧展があった。菊川英山は喜多川歌麿の非業の死のあと、江戸の人たちの歌麿ロスを癒した絵師であった。個人的な感想としては、下手とは思わないが、歌麿よりうまいとも思わなかった。そういう師匠の絵を観ていた渓斎英泉が、あの独特な顔を発明せざるえなかった必然性について妙に納得した。

 

f:id:knockeye:20180107142902j:plain

 作者不詳の≪渡唐天神図≫があった。これは、去年感動した狩野元信の絵と同じポーズだが、狩野元信のものとは空間意識がまったくちがう。たぶん定型化していたこのポーズをああいう絵にアレンジした狩野元信はやはりさすがだと思う。
 

f:id:knockeye:20180107134627j:plain

f:id:knockeye:20171031201908j:plain

 黒田清輝記念館は、お正月のふるまいなのか、代表作を一挙公開していた。わたしは、でも≪湖畔≫がいちばん好きだ。この絵は、油彩で日本の美意識が表現できると示した絵であるし、一方では、油彩という新しい表現方法を手にしたことで、日本の美意識が変わった絵でもあった。
 パリを歩く女たちを「ルノワールの女たち」に変えたと言ったマルセル・プルーストの表現を借りれば、これ以降の日本女性は≪湖畔≫の女たちになって、もはや渓斎英泉の女たちにはもどらなかったはずである。高橋由一が描いた自分の肖像画を見た花魁の小稲は、私はこんな顔じゃないと言って泣いた。そのころの女たちはまだ渓斎英泉や喜多川歌麿の女たちだったと思う。それを黒田清輝は≪湖畔≫の女たちに変えた。そんな魔法の一枚だと思う。

f:id:knockeye:20180107162304j:plain

 ところで、この日はそんな事情で、銀座線から歩行者デッキを渡って上野公園に向かった。すると東京文化会館の建物がきれいに見える。前川國男の設計だそうだ。ル・コルビュジエの設計ってことで世界遺産になった国立西洋美術館より上野にかんしてはこっちの方がよく見えた。

f:id:knockeye:20180107125609j:plain