ベロニカとの記憶

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 オススメ。「ベロニカとの記憶」。

 原作は、ジュリアン・バーンズブッカー賞を受賞した『終わりの感覚』。苦くとりかえしのつかない追憶の物語で、この原作は読んだけど、こうしてみるとたしかに語られない余白の部分が映画に向いていたのかも。

 ベロニカを『さざなみ』のシャーロット・ランプリングでっていうキャスティングがまずすばらしいし、主人公のトニー・ウェブスターをジム・ブロードベントっていう、メリル・ストリープマーガレット・サッチャーを演じた映画で、サッチャーの旦那さん役をやってた、ちょっとコミカルな印象の強い役者さんがやってるっていうキャスティングも絶妙。この映画では、こころなしかちょっとシェイプアップしている気がした。最初のうちは、「あれ、あの人だよね」って思いながら見ていた。

 監督は、リテーシュ・バトラっていう「めぐり逢わせのお弁当」って映画を撮ったインド出身の人。オリジナル脚本でヒットした第二作がブッカー賞受賞作の映画化っていう、ある意味では手堅いし、クレバーって言っていいんだと思う。意地悪く言えば、「臆面もない」のだが、でも、無名の役者さんたちを使ったヒットの次に、そうそうたる名優を堂々と演出しているのは小憎らしいながらもさすが。 

 インド映画と聞くと、歌って踊って喧嘩して、ごった煮風なアトラクションを想像してしまうが、この監督の資質はこの映画みたいに繊細な機微を描くものに向いてたんでしょう。二作目にこれっていう選択が渋くてにやにやしてしまう。

 都合よく忘れている若いころの記憶をむりやり思い出さされる羽目になったら、と想像してみて、冷静でいられるひとは、よほど幸せか、あるいはサイコパスかだろうが、そういうもしかしたら誰にでもあるだろう、若気の至りのひとかけらが、もしかしたら、自分の知らないところで悲劇のタネをまいていたとしたら、その真実が永遠に「もしかしたら」に漂い続けるとしても、その苦さは、宙ぶらりんに漂い続けるしかない、という意味で、余計に、とりかえしのつかない老いの本性なのであり、「終わりの感覚」なんだろうと思う。

 謝罪するには遅すぎるし、真相が曖昧過ぎる。悔恨は嘘くさすぎる。それに、出来事の全体から見れば、主人公は端役にすぎず、ドラマチックな独白すらたぶん許されていない。物語は終わっていて、主人公たちはとっくに舞台を降りている。そんなドラマの残照を老いたわき役を主人公に据えて描いた渋好みの作品だった。

 この原作が好きだった人は裏切られないと思う。じゃ、観なくていいじゃん、みたいなこと言われると困るが、まるで原作のまま、みたいに思わせるのは、演出と編集が見事だからだ。同じテーマを映画と小説で二度味わえると思いましょう。

 シャーロット・ランプリングは「さざなみ」で高い評価を獲得したけれど、個人的には、今度のほうが「さざなみ」よりさらに良いと思う。今回の彼女が演じたベロニカは、彼女自身こそ罪の意識にさいなまれ続けている、その佇まいが見事。

 今のところ、上映館が少ないみたいだけど、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』とか好きだった人は観てみてね。