神奈川新聞と戦争

 今月1日の神奈川新聞の連載「神奈川新聞と戦争」の記事。1945年元日の神奈川新聞。

 オリジナルサイズで読まないと文字が不鮮明と思うが、恐ろしいことが書いてある。
 戦時中の新聞はひどかった、で済ましていいのかどうかわからない。
 朝日新聞慰安婦報道は、あからさまな世論誘導を意図しているという意味で、この裏返しにすぎなかったと思えるのだけれど。
 日本の戦後民主主義って、軍国主義者の無節操な転向という一面はあると、こういう戦時下の新聞記事を読むとそう思える。というのは、記事の内容は変わっていても記事のスタイルに大した変化は見られない。それは、新聞の危うさであると思う。
 最近の風潮を「右傾化」で片付けてしまうのは、やはり、感覚がずれている気がする。
 以前、大前研一が日本のマスコミを「大衆迎合の高見の見物」と言ったことがあった。しかし、この場合の「大衆」ってのはどこにいるのかは、ちょっと考えてみるべきかもしれない。
 マスコミは大衆に迎合しただけだと言ってもマスコミの責任は無くならないと思うが、しかし、そういう言い訳すら、事実と言えるのか。本当に「迎合」なのか?。実は「扇動」したのではないのか?。マスコミの扇動がなければそもそも大衆が存在しなかったのではないのか。
 マスコミが先か、大衆が先かは、鶏と卵をめぐる議論と同じで、実際、そのふたつは、姿かたちこそ違え、同じものなのではないかって気がする。
 新聞は世論を操作したがる。そして大衆はその尻馬に乗りたがる。この1945年元日の記事を喜んで読んだ人がいたとしたら、それは大衆なんだろう。
 私はそうなりたくないと思ってきた。前にも書いたと思うが、私は松本サリン事件以来、全国紙を読むのをやめた。第一通報者の河野義行さんを犯人扱いしておきながら、その後、今日に至るまで、ただの一社も謝罪すらしていない。それは結局、1945年の元日から何も変わっていないってことだと思う。
 新聞はやめた。が、大衆の方はどうやったらやめられるのか、これは、いつのまにか、そっちに入ってるって危険は常にある。