『大英博物館プレゼンツ北斎』

 日本の美術愛好家からすると、葛飾北斎に対する西洋での評価は、日本美術全体を考えると、バランスを欠いているようにも見えるが、19世紀、ジャポニズムインパクトは、西洋美術史特異点として、忘れがたいのだろう。
 この映画は、2017年夏に大英博物館で開催された「Hokusai:Beyond the Great Wave」てふ展覧会を紹介した映画。「the Great Wave」っていうのは、富嶽三十六景のうちの《神奈川沖浪裏》の英語での通称であるようだ。海外では北斎といえばあの絵で、日本のだけでなく世界の美術史を見渡すにもランドマークといえる位置を与えられている名画だが、この展覧会はそれだけではない葛飾北斎の絵の魅力を広く紹介しようてふキュレーションのようだった。
 特に、晩年の肉筆画に名品を集めていた。鍾馗を描いた掛け軸は、何点か観たことがあるが、この展覧会のものは、映画の画面からも優品と見えた。

普段は小布施の北斎館にある《怒涛図 男波》《怒涛図 女波》《富士越龍》も貸し出されていた。また北斎の娘、葛飾応為の肉筆も素晴らしかった。
 しかし、そういうことより、この映画のスターは何と言っても、ロジャー・キースという北斎の研究者で、何もそこまでと、ちょっと引くぐらい北斎に入れ込んでいる。
 こういう人がいるんでしょうな。オルセー美術館の総裁だったギ・コジュヴァルなんて、エドゥアール・ヴュイヤールの研究者でもあることをはばかりもせず「今では、ヴュイヤールこそ、フランス近代絵画の伝統の中で、もっとも偉大な画家だと思っています」とか。ギ・コジュヴァルが総裁だった間にオルセー美術館は、ナビ派の殿堂に変貌した。
 ロジャー・キースはその更に上をいく感じ。「赤富士」の通称で知られる《凱風快晴》の別刷りのもので、コレクターが「ちょっと色が褪せている」と言って見せてくれた版を「これこそ北斎が最初に意図した刷りだ」と言って声を詰まらせているんだが、でも、タイトルが《凱風快晴》だから、それにしては色が薄すぎる気がした。定説とまでは言えないんだろうと思う。

 そういうわたしもひとのことは言えないのは、「富嶽三十六景」は、《凱風快晴》と《山下白雨》だけに赤を使い、他のすべては「紅ぎらい」、青一色の濃淡で表現するつもりだったに違いないと、これは、半分くらい本気でそう思っている。ちなみに、この映画で紹介されていた「富嶽三十六景」の《鰍沢》が、「紅ぎらい」のものだった。

 しかしながら、これが映画としてどう成立したのかはようわからん。コストが低いから成り立つのか。