『万引き家族』のteach-in

 小津4Kの『東京物語』に香川京子が舞台挨拶に来ていて、小津安二郎監督に「僕は世間のことには関心がないんだよね」と言われたという思い出を語っていた。それを聞きつつ、でも、それは、小津安二郎監督の演出だったかもなと思ってみた。というのは、当時、香川京子は『ひめゆりの塔』に出たばかりで、「戦争とか平和の大切さとか、社会人の1人として考えなきゃいけないと自覚したばかりでしたから、その言葉がどういう意味なのかしら?と心の中で思っていました」だそうなので、『東京物語』で末っ子の京子(香川京子)がそんな風に考えているってことは、重要だったかもしれない。
 映画監督ってのは、カメラの前で何かが起きるのを待ち続けている人たちで、まるで、野村克也が打者にささやくみたいな、そんなことくらいはやりそうなのである。『東京物語』は香川京子にとって初めての小津作品で、監督と言葉を交わすことはほとんどなかったというのに、そんなひと言をつぶやくってのはどうもあやしい。
 是枝裕和監督の『万引き家族』は大ヒットしているに違いない。というのは、このブログで『万引き家族』について書いた記事だけアクセス数が0ふたつ違う。いつもと変わらず大したことは書いてないのにこんなことは初めてで『万引き家族』の動員力にびっくりしている。
 是枝裕和監督が、6月21日、TOHOシネマズ六本木ヒルズで行われた『万引き家族』のteach-inイベントに参加したって記事が映画.comニュースに出てた。
 その中で興味深かったのは、撮影が進むなか、安藤サクラが監督をスタジオの隅に呼んで「私は1度も自分のことを母ちゃんとは言わないし、(子どもたちに)言えともしない。信代は、そのことをどう思っている?」と質問したのだそうで、その時点では、はっきりした返答ができなかったそうなんだけど、それが、後半の池脇千鶴とのあのシーンの演出につながっていったわけだった。
 是枝裕和監督の映画では、こんな風に撮影の途中でシナリオが変わっていく場合がよくあるらしい。
 西川美和の『映画にまつわるXについて』に書いてあったが、「ワンダフルライフ」という是枝裕和監督の映画の現場で、まだ駆け出しだった西川美和が、死後の世界へ旅立つところを演じる一般公募のおばあさんたちの持つ履歴書、小道具なんだが、その「死因」という項目を「なくすわけにはいきませんか?」と提案した。是枝裕和は、しばらく考えた後、その項目を消して、「君が今感じた違和感は、これからものを作っていくと、どんどん薄れていくだろう。でも、その感覚を失わないでもらいたい」と言ったそうだ。
 映画監督について私たちが抱いているイメージは、このエピソードに対極的な問答無用の態度だったりするんだが、実際には、それで物事が運ぶってことはないだろう。ノーラ・エフロンが「映画監督は、撮影というパーティーのホストみたいなもの」と言っていたのを思い出す。
 『ワンダワフルライフ』の頃から、ものづくりの態度が変わらず、そして、その結果が今回のようなメガヒットにつながっているについて感銘を受けざるえない。