『サバービコン』

 ジョージ・クルーニー監督、マット・デイモン主演。
 この脚本はコーエン兄弟が1986年に書き上げたものの、そのままお蔵入りになっていたそうだから、30年も前の企画だったことになる。
 映画の時代は1959年に設定されている。舞台は、「サバービコン」という郊外の新興住宅地、架空の町だが、レヴィットタウンという実在した町がモデルになっている。白人しかいなかったその町に黒人一家が越して来た、その時に何が起こったかというと、その黒人の家を住民たちが取り囲み昼夜を問わず罵声を浴びせかけた。いわば、町全体が奈良の引越しおばさん(検索してみよう)だったわけで、これはたまったものではない。
 しかし、映画のプロットが、その事件を追っているのかというとそうじゃないのだ。
 マット,デイモンとジュリアン・ムーア夫婦の家がたまたまその黒人一家の隣だったというだけ。この設定が実によい。
 もう公開からだいぶ経っているので、書いても差し支えないだろう。マット・デイモンジュリアン・ムーアは保険金殺人に手を染めてしまう。
 可笑しいのは、黒人一家の家は、町中総出で24時間、監視している、そのざわついている隣の家に物取りが押入ったりするわけないんで、そのあたりからコーエン兄弟らしいシュールな展開になっていく。
 コーエン兄弟ジョージ・クルーニーといえば『バーン・アフター・リーディング』とか、『ヘイル、シーザー!』とか、シニカルな笑い。特に、ジョージ・クルーニーは、『ファミリー・ツリー』とか『マイレージ・マイライフ』とかも、笑わせにかかってると思うけど、あくまで個人の感想ですが、ジョージ・クルーニーのコミカルな演技はベタだと思う。『ヘイル、シーザー!』は良かったけど、『バーン・アフター・リーディング』はお勧めできないし、『マイレージ・マイライフ』はハマったけど、『ファミリー・ツリー』は、いかがなものかと思った。レンジが狭いというか、狂気が足りないというか。
 その点、今回は監督に徹して、マット・デイモンを主役に据えたのが奏功した。小学生のわが子を脅迫するなんて、マット・デイモンじゃなきゃ、いったい誰ができるんだろう?。
 この映画のユニークな点は、カメラの端に、実話に基づいたドキュメンタリーみたいなことが起こっているのに、カメラが狙っているのは、その隣の家の、トンマとしか言いようのない殺人事件だってこと。このふたつを、たぶん凡庸な脚本家なら、どこかで関連づけようと頭を絞るはず。でも、ホントに最後まで、ただ隣で騒いでるだけ。これは新しかった。
 55年ほど前を舞台にした30年ほど前の脚本が、今、なぜ陽の目を見るのかは、そりゃ、トランプ大統領の誕生と大いに関係があるだろう。でも、30年前にはこれが書かれてたってのは面白い。
 アメリカでの評価はあまり高くないそうなんだけど、おちょくられているように感じるのかもしれない。
 特に印象的だったのはテレビのリモコンだ。1959年には、可視光線を利用したテレビのリモコンがすでにあった。アメリカの豊かさは、すくなくとも、当時のアメリカ人が郊外の新興住宅地に夢見た豊かさは、そこに象徴されているように思った。

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