『それから』

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 ホン・サンス監督の『それから』。

 音楽もホン・サンスだそうだ。なんと言ったらいいのか、専門的な言葉の持ち合わせがないので印象的にならざるえないが、あえてレンジを狭くして、時間的にも空間的にも、音像が遠く感じられるセンスの良い音だと思った。映画を見ている最中に、音楽は誰なんだろうと気になっていたが、クレジットがハングルなので、後で、検索するまでわからなかった。

 エキストラがほとんど出てこない。電車の乗客はいたけど、通行人もいない。食堂には客も店員もいない。1組の恋人と1組の夫婦が描かれているが、ベッドシーンはおろか、キスシーンさえない。ハグまで。徹底的なミニマリズムだ。

 そのせいか、前半、カメラがズームするのがわずらわしく感じさえした。モノクロームだし、そこは単焦点の固定でいいだろって思った。

 シーンの飛ばし方が面白く、短編小説の味わい。でも、小説だとすると、ナレーターというか、誰の視点で描くかが難しくなる。最有力候補は、クォン・ヘヒョの演じる、小さな出版社を経営している文芸評論家だが、彼の視点で描いちゃうと、この映画の味はしなくなると思う。では、キム・ミニの演ずる小説家志望の新入社員かというと、それはありえない。彼女が何にも知らないから面白いんであって。

 その意味で、短編小説みたいな味わいだけど、やっぱり映画でしかありえない表現なんだろう。シーンが切り替わってだいたい1分くらいは、「あれ?これ何のシーンだろ?」って突っかかるタイムラグがあり、それから「ああ・・・」となる。これは仕掛けだし、これで、観客と登場人物の間に絶妙な距離感が生まれる。その距離感が、もしかしたら悲劇かもしれない事件を笑いに変えている。

 この映画をトム・フォード監督、ジェイク・ギレンホールエイミー・アダムスの『ノクターナル・アニマルズ』と比べてみたらどうだろうか?。夫婦がいて、娘がいて、不倫があり、小説家の卵がいて、評論家がいる。でも、『ノクターナル・アニマルズ』の味わいは、思いっきり苦い。『それから』は、軽くておかしい。

 低予算という意味では『カメラを止めるな!』以上に低予算。だが、センスの良い映画。

 どうして夏目漱石の『それから』が出てくるのかは、よくわからない。三角関係を扱ってはいるが、これといって関連性はないみたいだが。