日の名残り コレクターズ・エディション [AmazonDVDコレクション]
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TOHOシネマズの午前10時の映画祭はもうやめるって話だけど、今週ふと気が付くと『日の名残り』がやってたので、観に行った。
カズオ・イシグロがノーベル文学賞を獲ったからかとおもってみたが、検索してみるとあれももうおととしのことだった。映画の方を監督したのは、ジェームズ・アイヴォリーで、このひとは、2009年以来表舞台から姿を消していたのに、2017年に『君の名前で僕を呼んで』で華麗に復活を果たした。どっちかというとその「引き」なのかもしれない。
小説の方の『日の名残り』を読んだのははるか昔なのでディテールは忘れている。
- 作者: カズオイシグロ,土屋政雄
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ということに徐々に気が付きながら映画を観ていたのだった。もちろん、映画と小説で、いろいろと変更はあるにちがいないが。
ただ、アンソニー・ホプキンスの演じる主人公のジェームズ・スティーヴンスと、エマ・トンプソンの演じるミス・ケントンの関係は、若い時ではなく、今の方がよくわかった。
ジェームズ・アイヴォリーの読みの深さってこともあるし、私自身が年取ったということもあるが、イーヴリン・ウォーの『ブライヅヘッドふたたび』を読んだのが大きいと思っている。
- 作者: イーヴリンウォー,吉田健一
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第一次と第二次の二つの世界大戦が、ヨーロッパの黄金の日々をどのように打ち砕いたか、そして、その黄昏の時に、それをヨーロッパの人たちがどのように愛惜したかを、吉田健一の翻訳したあの小説で、曲がりなりにも追体験できたってことがやはり大きい。
若い時に『日の名残り』を読んだときは、主人公とミス・ケントンの関係は不器用な恋愛だとしか思わなかったに違いなかった。
たしかに、ひとつの時代が終わって、それがヨーロッパにあると信じられてきた貴族的な信義の社会、ノブレス・オブリュージュというような、個人の高潔な意思で政治が動くと信じられた世界が崩壊してしまった後には、この主人公二人の関係は、あたかも、恋愛であるかのように見える。しかし、日の名残りのころにふりかえって、それが恋愛のように見えても、その日ざかりの中にいる時には、それは、恋愛よりもっとはげしい幻想、もっと陶酔感のある幻覚だったとおもう。
それこそ、大英帝国の黄金の日々がまさに燃え落ちようとする最後のきらめきの、まさにその渦中で、もじどおり心血を注いで立ち働いていた戦友という自覚を共有しているとき、恋愛は色あせてみえたはずなのだ。
現に、彼ら二人の部下の男女の恋愛と結婚も描かれているけれど、主人公たちの奇妙な距離感にくらべると、ひどく凡庸に感じられないだろうか。もちろん、ほんとうはその凡庸さが幸福な生活なのである。だがこの主人公は、大英帝国の輝かしい日々の現場に立ち会うその陶酔を選んだ。
『ブライヅヘッドふたたび』は、イーヴリン・ウォーが第二次大戦で負傷した療養中に一気に書き上げた小説だった。『ブライヅヘッドふたたび』が、二つの大戦で失われた輝かしき日々を失われた時点から回想する小説だとすれば、『日の名残り』は、その輝かしき日々が失われるまさにその瞬間にたちあった主人公の物語なのである。
戦後、すべてが終わり、主人公が仕えていたダーリントン卿は対独協力者のの刻印を押され失脚した。邸がアメリカ人の手に渡り、主人公はふたたび執事の忙しさを取り戻すかに見える。邸が新しい主人を迎えると知ったミス・ケントンから久闊を叙する手紙が届き、主人公はミス・ケントンがまた働くつもりがあるか確かめにでかける。
つまり、あの輝かしい日々がすぎたあと、その、日の名残りに、その輝きの意味を読み替えることが、もしかしたらできるのかと、主人公は車を走らせる。
途中、ガス欠で困っているときに、一夜の宿をかりるその部屋がダンケルクで戦死したその家の息子の部屋である意味は、だから、軽くはない。
ガス欠のエピソードは憶えていたけど、そこに「ダンケルク」というキーワードが絡んでいたのには気が付いていなかった。この重さに今回気が付いたのはもちろん、『ダンケルク』と『人生はシネマティック!』の二つの映画を観たからだ。
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その戦死した若者に、主人公はもちろんどんな倫理的な責めは負わないはずである。しかし、時の残酷さを否応なく知らせる。それは、ミス・ケントンとの再会の結末を、ある意味では予言してもいる。
ミス・ケントンとの再会は意外な結果になる。意外なほどやさしいのだ。ミス・ケントンではなく、運命が、意外なほどやさしい。これは、この作家カズオ・イシグロが用意した運命だろうか。それとも、なにかもっと別のことなんだろうか。人生の黄昏がこれほどのやわらかさで描かれている作品はそんなにないと、多分どこかで読んだ気がする。
ここに描かれているのはたしかに「日の名残り」であり、落日ではなく、衰退でもなく、堕落でもない。
輝かしい日々の後に、このような日の名残りがあると、そういうことであったかもしれない。