『ニューヨーク公立図書館 エクス・リブリス Ex Libris: The New York Public Library』

 フレデリック・ワイズマン監督の『ジャクソンハイツへようこそ in Jackson Heights』を、去年観てそのスタイルに魅了された。ナレーションは一切入らない。

 この映画も、エルビス・コステロは、「Elvis Costello」と書いたパンフを手にしていたからわかったけど、パティ・スミスやリチャード・ドーソンなんかは、後からウエブで見て、「あの人そうだったの?」くらいの感じ。

 たとえば、同じドキュメンタリーでも、小林正樹監督の『東京裁判』は、緻密に書き上げられた佐藤慶のナレーションが、全編に入る。

 映画『東京裁判』の公正さを非難する人はいないだろうが、それでも、ウィリアム・ウェッブ裁判長とジョゼフ・キーナン首席判事の、東條英機の証言をめぐる駆け引きが、映像で確認できるかといえば、端々に感じられはするものの、やはり、ナレーションで補わざるえなかった。

 小林正樹監督自身がカメラを回した訳ではないから、単純な比較はできないが、もし、フレデリック・ワイズマン監督が東京裁判を撮っていたらどんなだったろうと妄想しないでもなかった。フレデリック・ワイズマンなら、誰のどんな発言を切り取っただろう。

 そう考えると、日本人の言説に対する意識の低さが痛感される。石原莞爾に「意見も思想もない」と評された東條英機でさえ、今の日本の政治家に比べれば、はるかに言葉に敏感に思える。東京裁判の結果、処刑された軍人のすべてが陸軍だった。処刑されたひとり、板垣征四郎が「お前ほど頭の悪いものはいないのではないか」と昭和天皇に面罵されたことは書いたが、旧日本陸軍は言葉を軽んじていた。天皇や政府が不拡大の方針を伝えても、実力行使で、既成事実を積み重ねていった。そこに言葉はなかった。

 この前の参院選山本太郎が99万票の最多得票をしたのも言葉の力だったと思う。SNSで発信された演説の力。思い返せば、小泉純一郎郵政選挙で圧勝したのも、解散を決意した演説の力だった。政治姿勢としてはおそらく真逆のこの2人に向けられる批判は、しかし、なぜか「ポピュリズム」と共通している。

 この場合、語弊を恐れる必要もなく、ポピュリズムが民主主義なのである。しかし、民主主義は制度ではないので、民主主義をどのような形式に反映してゆくかに、民度がかかっているのだと思う。ワイマール憲法のドイツで、民主的に行われた選挙で、しかも、多数が支持したわけでもないナチストが国政を牛耳ってしまったのはなぜかというなら、ヒトラーに権力が集中してしまったからだ。

 アメリカは、政治制度としては共和制なので、大統領、FRB議長、最高裁判事、などなど、それぞれに独立している。

 そして、それぞれに独立した権力が衝突した場合のために、民意を問う選挙というシステムがある。それなのに、選挙結果について「ポピュリズム」などと批判して民意を軽んずることが民主主義だろうか?。たとえば、「憲法改定反対」という選挙結果が出たとしてみよう、その時の為政者が「こんな選挙結果はポピュリズムにすぎない」と言って、憲法を変えるなんてことが許されるかどうか考えてみればわかる。

 しかし、郵政選挙の時に、「リベラル」を名乗る人たちがとった態度がまさにそれだったのである。あの時、「リベラル」という言葉は大多数の国民にとって「官僚主義」の偽装にすぎなくなった。「戦後リベラル」は死んだと思う。彼らは、戦前から自由主義を標榜してきた人たちを「オールドリベラリスト」と揶揄して否定したのだが、今は「戦後リベラル」がどれほど蔑まれているか。

 東京裁判で、文官でただひとり極刑に処せられた広田弘毅が、日本の軍国主義化について、最も問題があるとされた点は、彼が「軍部大臣の現役武官制度」を復活させたことだった。組閣の権限を軍に明け渡したに等しい責任が重く問われた。広田弘毅が沈黙を貫いた為でもあるが、ただ、権限を集中させることについての連合国の厳罰は、たしかにそれが英米と日独を分けた最大の差異だったとも思える。

 この映画で、アメリカにも教科書問題があることを知ったが、しかし、アメリカでは、取りも直さず、図書館が教科書に対するアンチテーゼになることができる。学校が教育のすべてではないと、人々が思っているかぎり、教科書問題は限定的でしかない。

 また、『ジャクソンハイツへようこそ』でも、取り上げられていたが、トランプ大統領が移民排斥の態度をとっても、ニューヨーク市が独自にIDを発行することができる。あのIDの発行にもニューヨーク公立図書館が協力している。

 なお、『東京裁判』の4時間37分ではないが、『ニューヨーク公立図書館 エクス・リブリス』も3時間25分あるので途中休憩が入ります。また、英語を勉強してる人にも、生きてる英語が聞けるよい機会かも。

 それから、

hatenanews.com

 

はてなニュースのこの対談が素晴らしかった。一読の価値あります。