旅行者の朝食

旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)

題名になっている「旅行者の朝食」は聞いてみれば、なるほどロシアっぽいと一人で笑ってしまった。作者の米原万里は元ロシア語会議通訳で、その道の第一人者なのである。著者紹介によると、ロシア語通訳協会初代事務局長。もの書きとしても読売文学賞をはじめさまざまな賞を受賞している。
しかし、この本に関してはひたすら食い物の話である。吉田健一の『旨いもの・・・』以来の食欲増進系エッセーだった。なかでも読後印象に残るのは、「トルコ蜜飴の版図」。ヴァルカン半島から中近東あたりを旅すると、時たま本物にお目にかかるという「ハルヴァ」というお菓子。この本に引用されている料理研究家V・Vポフリョーブキンの絶筆『料理芸術大辞典・レシピ付き』によると、ハルヴァの製法は、紀元前5世紀から、カンダラッチと呼ばれる料理職人によって秘伝として受け継がれていて、職人の手になるハルヴァは今やイラン、アフガニスタン、トルコにしか残存していない。アフガニスタンといえば、ジョージ・W・ブッシュが蹂躙した国ではないか。果たしてハルヴァは無事だろうか。カンダラッチたちは手間のかかるハルヴァ作りに嫌気が差していないだろうか。わたくしみたいに酒も煙草もだめという甘党には非常に気にかかる。