ドリームガールズ

暖冬も冬のうち。雨がそぼふりつづければ、それなりに寒い。暖冬、冷夏、大歓迎だ。冬暖かく、夏涼しくすごすために、人類が営々と努力してきた成果がやっと実ったと思えばいい。どうせ困るのは次の世代だろう。
寒い雨が昼過ぎにあがったので、映画でもと、重い腰を上げたわけだった。これで『不都合な真実』でも観にいったなら、上の文章がいい導入になるわけだれど、残念ながら、ただのホンネ。寒い日には『ドリームガールズ』、肯定しがたい人生を無理やり暖める。
家に帰ってからネットで検索してみたが、誰もが思ったみたい、ビヨンセ・ノウルズはオセロの中島知子そっくり、とくに最初のほうのメイクが。それだけが話題に上るのもビヨンセとしては不本意であろうが、書き手が素人のブログとしては、それが一番話題にしやすいわけ。ちゃんとした批評は小林信彦さんを読むべき。オセロ中島のイメージをいったん振り切ってしまえば、これは文句なしにキレイ。こういうと中島のほうに語弊ができてしまうが。
ジェニファー・ハドソンの歌には圧倒された。アメリカに文化があるとすれば、それは黒人のものだろう。その厚みみたいなものを感じた。まだややあどけない感もあるが、新人がおいしいところを持っていくことはままあることだろう。
そういえば、こないだジェームス・ブラウンが死んだのだった。この一ヶ月のうちに「ジミ・ヘンドリックス」という言葉に二回ふれた。一度は、ウィル・スミスの『幸せのちから』、もう一度は、大竹伸朗の『カスバの男』。とりとめのないことだけれど。
雨の日曜、映画館はにぎわっている。海老名のTOHOシネマズは、いつもキャラメルの甘い匂いが漂っていて私は好きだ。
このブログは、一日の長い沈黙のあとの独り言みたいなものだ。ややスノビッシュだったり、アホみたいだったりしても仕方ないと思っている。
週刊文春連載の「家の履歴書」、今週は、エドワード・サイデンステッカーだ。日本に住んでいたとは知らなかった。わたしより日本が長い。いまでも週に二回は湯島の居酒屋で日本酒を飲んでいるそうだ。この人の『源氏物語』全訳は名訳と知られている。それ以前のアーサー・ウェイリーの翻訳は、全訳でなかったにもかかわらず、サイデンステッカー訳より長かった。大学時代に教授から聞いた話だと、敬語を逐語訳していて、やや冗長であったそうだ。
終戦の年、海軍将校として、佐世保に駐留していた。

長崎にはもちろん原爆が落とされ、佐世保の中心も焼け野原でした。でも、私はこの時代の佐世保が好きでした。戦争に負けても、瓦礫を片付け家を建て直して、働いて。日本人のその精神は、本当に立派だと心を打たれたのです。佐世保の人々のそんな姿を見て、日本ーーー日本人に興味を持ったのですね。それまでは、戦争が終ったらアメリカに舞い戻るつもりだったのですが、気持ちが変わりました。ちゃんと日本語を勉強しよう。これは一生涯を懸けて勉強するに値する国だな、と。

これは、美しい誤解だろうか。例えば、今、北朝鮮核兵器が日本のどこかの地方都市を焼け野原にしたとしたら、その町は復興するだろうか。人々は町を捨てて都会に出て行くのではないだろうか。わたしならどうするか?そんなとこに長居する義理もないしね。