小田原

knockeye2008-02-17

小田原に出かけた。海老名から440円しかかからない。
別段これという目論みもないが、何かしら休日らしいことがしたくなった。すこし春めいてきたのかしれない。手袋を忘れてしまった。
小田原について薀蓄をすこし。
小田原は、落語「抜け雀」の舞台である。上方にも江戸にもある噺の元ネタは、上方である場合が多いが、この噺ばかりは舞台といい、噺の内容の職人好みといい、江戸の噺がルーツだろうと思う。
「親に駕籠をかかせる」という言葉がオチになっているが、落語の中にしか生き残っていない言葉だろう。親不孝をするという意味だそうだ。
梅の花がそろそろ見ごろを迎えたが、移ろいやすい冬空に変わりは感じられず、薄い雲がやってきては、日差しを隠してしまう一日だった。
梅の盆栽展というのが小田原城でやっていたので覗いてみた。長浜で毎年やってる盆梅展みたいのを想像していたので当てがはずれた。それで逆に、長浜の盆梅の希少さに気がついた。
樹齢100年とか200年とかいう樹木を、うすっぺらな盆の上で育て続けるのは、永遠の生命を掌に納めたいという希求のあらわれなんだろう。
山の中にほうっておけば勝手に生々流転している自然の木を伐りとってきて時の流れを止めてしまいたいと、誰かが望んで、そしてそれが受け継がれている。
森の木を切り倒して牧場にしてしまうとか、野原を整地して芝生を植えてしまう、とかいうのとは、日本人は自然に対するアプローチの仕方が違う。
いずれにせよ永遠の幻をみるために、人は努力を惜しまないものであるらしい。
昨夜、バイクのエンジンをかけようとしたが、大体の予想通りバッテリーが上がってしまっていた。