おとなしいアメリカ人

おとなしいアメリカ人  ハヤカワepi文庫

おとなしいアメリカ人 ハヤカワepi文庫

『アフタースクール』を見た日に読んでいた小説はこれだった。
あの映画に触れているブログを適当にブラウジングしてみると、異口同音に「もう一度見てみたい」と書いているのが印象的だろう。神奈川新聞に遅ればせながらの映画評が載っていたが、
「内容についてはほとんど紹介できない。うっかり書いてしまうと楽しみを奪うことになりかねないから」
と書いていた。
もし、あらすじだけ紹介するとしたら、そんなに難しいことはない。しかし、楽しみの本質はそこにはない。よく練られたシナリオを、上質な映像で見ることができるのだから、あらすじだけ要約して伝える意味がない。
ところが、同時に読んでいたこのグレアム・グリーンの小説もなかなかの曲者であった。一読後、あわててもう一度読み直した。
アメリカが介入し始める直前のインドシナに派遣されている、中年の特派員が主人公である。
世界のどこかで今も起こっている、自分が当事者でない戦争について、自分の日常生活が地続きであるとは、なかなか思えないものだ。
人がどのように「アンガージュ(当事者)」であるのか、この小説のようにうまく描ける作家はそんなにいないのではないだろうか。
無意識の嫉妬とか、その場かぎりの義憤とか、そうした個人的感情が、現実の戦争と同じ地平で、等価に俯瞰されている。
しかも、ハッピーエンディング。私たちの幸福がいかに限定的であるか。
グリーンは現地を実際に訪れているので、戦場の様子やヴェトナムの町の描写はなまなましい。一説には、グリーンは英国諜報局とかかわりがあったらしい。
2002年に『愛の落日』という邦題で公開された映画は、この小説の再映画化である。1958年の最初の映画化は、グリーンが口を極めて罵倒しているものだそうだ。たしかに、ヴェトナム戦争を経た後でなければ、(しかも、かなり後でなければ)アメリカがこの小説を映画化するのは不可能であったろうと思う。