第三の男

knockeye2008-07-25

第三の男 (ハヤカワepi文庫)

第三の男 (ハヤカワepi文庫)

このところ、グレアム・グリーンを続けて読んでいるので、この有名な映画の原作にも行き当たることになった。
ただ、序文によるとこの小説は
「読んでもらうためではなく、見てもらうために」
書かれたのだそうだ。
つまり、キャロル・リードに依頼された、『落ちた偶像』に次ぐ映画のためにこの小説が書かれ、そして、シナリオへと書き換えられていった。
「読者は映画と物語の間に多くの差異を認められるだろうが、(略)この映画は物語より良くなっている。それは、この場合、映画は物語の決定版であるからだ。」
こう原作者に宣言されてしまうと、映画を見たくなろうというもの。さっそく、DMMのウィッシュリストに登録しておいた。
「たみおのしあわせ」の補足情報。
この映画のタイトルは、最初、「そして夏が来た」になるはずだったのを、オダギリジョーがこのタイトルを提案したそうだ。
主題歌を歌っている「勝手にしやがれ」(バンド名、ちなみにオダギリジョーは彼らのことを「勝手さん」と呼んでいた)もオダギリジョーの紹介だそうだから、そういう共同作業がうまくいったケースであるらしい。
ぴあの記事によると、岩松了オダギリジョーを「受ける演技が出来、余計なことをしない」と評したことがあるそうだ。ある意味では、感嘆符つきの賛辞かもしれない。
忌野清志郎の、「妖怪大戦争」のぬらりひょんさながらのあの演技については、はじめから彼を念頭において書いたので「まんまやってください」ということだったらしい。
まんまの忌野清志郎が出てきて、監督自身と携帯電話について不思議な会話を交わす。その後、原田芳雄が座敷に戻ると麻生久美子がいない。携帯をもたないので公衆電話をかけに行っていたという。
麻生久美子オダギリジョーが川原に並んで座っている後ろを中年男性が携帯で話しながら通りかかる。その会話が二人の耳に入る。そのときの麻生久美子の一言とか、前にも書いたけれど、婚約者双方の家族の会食の時の会話とか、ライブハウスでの友達のリアクションとか、麻生久美子演ずる瞳の顔はそのときどきでまるで違う。監督がインタビューで言っている、「人間の視野の狭さ」に関していえば、瞳の人となりについては、具体的に語られることはほとんどないのに、多面性みたいなことを感じさせるうまい演出だと思った。もちろん、ネクタイの件も。
タイトルの件は正確に言うと以下のようないきさつ。

途中、題名がラストシーンに出てくる『そして夏がきた』になりかけたのを、『たみおのしあわせ』のほうが絶対にいいと説得して戻った経緯があるんです。ちょっと間抜けな感じもして(笑)、本当にいい題名ですよね。