ユージニア、北斎のDNA

knockeye2008-10-13

ユージニア (角川文庫)

ユージニア (角川文庫)

この本に携わった人たちは、本の楽しみ方を知っている。
美しく流れていく旋律でもなく、隅々まで計算しつくされた構成でもなく、文章を読むことでしかえられない楽しみがやっぱりあるんだということですかね。
舞台が金沢なのもうれしい。まがまがしい青い色が、印象的なのもそれが記憶の世界に閉じ込められているためか。
ひとつ新しい情報が与えられるだけで、世界の意味ががらりと変わる。そういう世界の上書きが何度も何度も起こる、一筋縄ではいかない作品に出会うことはうれしい。

今日出かけた展覧会は、板橋区立美術館で開催されていた「北斎のDNA」。今日が最終日だという、実にまっとうな理由で出かけたのだが、「成増」という駅名が気に入ったというのも理由のひとつかもしれない。いかにも「お江戸」という感じの地名だ。これが大阪なら「なります」ではなく「なりま」になっていただろう。「てんま」とか「かどま」みたいに。
バイクに乗らなくなって一年近くたつが、まだ退屈しないのは、首都圏の公共交通機関に飽きていないから。
成増駅からバスに乗って区立美術館まで足を運ぶと、東京23区内とは思えないほど静かだ。そういうところで北斎の絵を観たりするのは、また別なことである。
北斎の一門といっても、狩野派の師弟関係なんかとは随分違う。弟子の名前からして、北斎の実の娘は葛飾応為、これは北斎が「お栄」という名前を呼ばず「おーい」と呼んでいたのが命名の由来といわれているし、魚屋(ととや)北渓のシャレはいちいち説明する必要もないだろう。
が、しかし、やはり北斎の絵がずば抜けている。ま、当たり前だけど。
ただ、応為というこの娘は、人を食っているというか、腹に北斎を歯牙にもかけないところがあるのか、師匠の呪縛がないところが面白い。息子だとまた意識がちがってきたのだろうけれど。実際、弟子たちは北斎の克服に苦労しているのがありありと分かった。
このところ、一日の寒暖差が激しい。薄曇りの朝に選んだ服装が、急速に晴れ渡った昼下がりには厳しかった。
美術館から徒歩5分の小さな植物園に立ち寄ったが、特に何があるという季節でもない。秋は空気の中だけにあった。