源氏物語

源氏物語 (岩波現代文庫)

源氏物語 (岩波現代文庫)

ロシア語通訳協会の初代理事でもある米原万里が、その国の言葉が分かるかどうかのひとつの基準は、その言葉で書かれた小説を楽しめるかどうかにあると、書いていたように思う。
源氏物語は、私たちの言葉で書かれた小説であり、世界史にその名を響かする名作であるにもかかわらず、なかなかそれを楽しめるまでいかないのは、やはり、源氏物語の言葉を私たちが理解できないからだ。
「いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いとやんごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。」
簡潔にしていきなり事件の只中に読者を放り込む、名作の匂いのする書き出し。ところが、この時点でさえもうすでに私たちの言葉との小さな乖離が始まっている。たとえば、「給ひける」の「ける」のニュアンスは今の日本語にはない。それに「時めき」という言葉は今の日本語では「ギャルゲー」の範疇に属している。
この小さな乖離が読み進むうちに、修復不能な亀裂になることは目に見えている。
だから、源氏物語を楽しむためには、現代の私たちの感覚にさえ直接訴えてくる原文の言葉に魅了されながらも、源氏物語の言葉がすでに私たちの言葉ではないことを認めて、すぐれた翻訳者、あるいは解説者をさがすべきなのだ。
大野晋は、日本語とタミル語が同系語であることを発見した日本語のスペシャリストで、たとえば「ほのかなり」なんていう言葉について、私たち一般人なら「ほのか」なんでしょうなぁと思うだけか、なにも思いもしないで読み飛ばしてしまうところを、源氏物語の他の使用例から、紫式部の意図どおりに翻訳してくれる。
また、丸谷才一をして「すばらしい小説読み」と言わせた深い読み込み方は、「色読」とでもいおうか、「眼光紙背に徹する」とでもいおうか、「そこまで読む?」と驚いてしまうほどだ。つまり、米原万里の言葉どおり、読むことを楽しんでいる。
紫式部日記について書かれているところを読むと、遠い平安時代にもかかわらず、ひとりの女性の孤独な姿が「ほのか」にだが目の前に浮かぶ思いがする。
以前、丸谷才一がイギリスの新聞雑誌から書評を採録した本を読んだが、その中にサイデンステッカーの訳になる『源氏物語』の書評があった。繰り返しになるけれど、また紹介しておくと、

アーサー・ウェイリー訳の『源氏物語』が、二〇年代末から三〇年代初めにかけて、巻を追って世に出たとき、この峻厳な中国学者=詩人は、「紫式部の作品を凌ぐ長編小説は世界に存在しない」と言った。「『ドン・キホーテ』はどうだろう?『戦争と平和』は?」と呟いたとしても、やはりわれわれは、この十世紀から十一世紀にかけて書かれた平安朝日本の古典に魅了されたし、この作品が持つ「近代の声」について語り合ったのだ。

一九二〇年代の終わりに近いころ、私の知っている文学好きの若い人はたいてい『源氏物語』に魅惑されていた。アーサー・ウェイリー訳の六巻本がきちんきちんと刊行中だったのだ。その六冊を読むことは、いつもは洗練されない趣味の人々にとってさえ、強烈な美的体験となった。実を言うと、わたしたちはそのすこし前に『失われたときを求めて』を読むことで、『源氏』を読むための用意をある程度していたのだった。

プルーストの『失われた時を求めて』が『源氏物語』を読むための用意だと書かれている。
エドワード・サイデンステッカーは2007年に湯島で亡くなったが、優秀な翻訳者を通して『源氏物語』に触れられた英米の読者が逆にうらやましいように思えた。
私たちはなまじ原文で読みうるために、近くて遠くなってしまっているかもしれない。大野晋源氏物語の全文訳をしていてくれてたらなぁと思ってしまうが、そういうことをいえば、原文で読めと言われてしまうだろう。楽しむためにも努力が必要だし、その努力も楽しみのうちなのである。確かにその通り。