「クローンは故郷をめざす」

「素晴らしい」の一言で終わらせられるなら、そうしてしまいたい。後は、退行する記憶のための蛇足である。
"クローンは故郷をめざす"、「宋朝体イタリックの縦書きかぁ・・・」と見ていると、
"エグゼクティブ・プロデューサー
ヴィム・ヴェンダース"
と続いた。
この作品は2006年のサンダンス・NHK国際映像作家賞を受賞。そのとき審査委員長をつとめたヴィム・ヴェンダースが、脚本に惚れこみ自らプロデュースを買って出たそうだ。
中島莞爾監督自身の受賞レポートがある。

http://www.din.or.jp/~kn-film/fes/sunreport.html
この時点ですでに描きあげられていた絵コンテ130枚。与えた衝撃はどんなものだったろうか。
監督自身が撮影した風景写真が何枚かパンフレットに載っている。
撮影監督の浦田秀穂を伴って、全シーンの8割はロケハンで決めたそうだ。
この映画の迫ってくる美しさが、実際の風景の厚みによるものだとわかる。
絵コンテの一部もパンフレットにあるが、写真と絵コンテのどちらが先なのか私には判断できない。それほど、絵コンテと写真の世界は通底していて、それはそのまま映画の世界につながっている。美術を担当した木村威夫の力も大きいのだろう。
パンフレットによると、最終的な脚本は24稿まで改稿され、それに伴い、絵コンテも3ヴァージョン描き直されたそうだ。

私が「審査の上で受賞を決定するに至ったポイントは何ですか」と質問すると「一度脚本を読んですぐに決めた。群を抜いて優れた脚本だと感じた」との言葉が実に嬉しい。
(略)
またヴェンダース監督は「この脚本には知的な要素がたくさん含まれている。しかしこの映画の強みは観客に対して感情的なコンタクトをしっかり持っている点だ。知的な要素はこの作品の内側に隠されているものであってほしい」とも話していた。他にも様々な意見や質問を頂いたが、ここに全てを書き起こす事はできない。

出来上がった映画を見た後でこのヴェンダースの言葉を読むと、まるで成就した予言を聞くようだ。

徹底的に削ぎ落とされた演出と演技にも注目。
背景が白一色のバストショットで永作博美の演じる長回しも印象的だし、石田えりの反復するシーン。そして、主役の及川光博は3人の自分自身を演じ分けている。
パンフレットの1ページ目にヴィム・ヴェンダースの言葉が添えられた。
「この映画は、単なるSF映画とは違い、さまざまな人間の感情を深く観客に訴えかけていきます。多くのSF作品は頭でつくられたものでした。この映画はそれらとは違います。頭ではなく心で造られているのです。」
古い映画ファンには、35mmフィルムで撮影され、「銀残し」で現像処理されていることも泣かせるかもしれない。
さらに蛇足を重ねておこうか。
人形浄瑠璃の道行をわたしには想起させた。道行の相手は自分自身だけれども。