向田邦子との二十年

knockeye2009-05-02

向田邦子との二十年 (ちくま文庫)

向田邦子との二十年 (ちくま文庫)

最近読んだ本の中でこれほど心うたれたものはないし、これほど赤裸々な告白もない。向田邦子久世光彦の、お互いに指一本触れたことさえない関係だから、かえって赤裸々に感じられるのだろう。
この本は、
「触れもせで−向田邦子との二十年」と
「夢あたたかき−向田邦子との二十年」
の二冊をひとつにまとめたもの。
どちらも向田邦子の死後に書かれた回想録だが、二冊のあいだには三年の月日がはさまっていて、最初の「触れもせで」の方には、まだ割り切れない感情がわだかまっている。
「死後の恋」という章は、向田邦子を失うことになった航空機事故の現場を訪ねた話。章のタイトルは、夢野久作がアナスタシア伝説を書いた小説の題である。
夢野久作の美しくグロテスクなその小説が、著者の心に浮かんでくるその隠喩は、あまりにも生々しい幻想であり、久世光彦にとってこの本が書かれなければならなかった、その必然性が読者にはっきりとわかる。
その喪失感の大きさは、このときにはまだ解決されていなかったのだろう。そのときでさえすでに死後10年を経ているのに、著者がどう考えていようと、読者の目には思いが千々に乱れているとしかみえない。だからこそこれが書かれる必要があったのだと思う。
「夢あたたかき」の方になると、トーンがやわらいできているのがわかるだろう。
ちなみに「触れもせで」は有名な与謝野晶子の歌から、「夢あたたかき」は与謝野晶子と双璧をなすといわれながら、鉄幹の愛をめぐって破れ、夭逝した女流歌人山川登美子の歌
「父君に召されて去なむとことわの
夢あたたかき蓬莱のしま」
からとられている。
男と女のあいだに友情が成立するかというようなありきたりな命題にはおさまり切らない、もっと包括的な人の姿が、肌のぬくもりまで添えて伝わってくるようだ。
著者の久世光彦もすでに鬼籍の人である。そうでなければこの本は私には少し生々しすぎると感じられたかもしれない。