「飯と乙女」

 食欲・財欲・名誉欲・色欲・睡眠欲と、たしかに、ものを食べる欲望は、五欲の筆頭に掲げられている。
 人は日々、生きるために食べ、食べるために殺す。食べることは殺すことより根源的といえるだろう。
 田中里枝と岸健太朗のカップルが、この映画のラストまで保ち続ける緊迫感は、そのへんの殺し合いの映画よりずっと暴力的だし、凡百のホラー映画よりずっとこわい。
 肩越しにちらっと見える包丁とか、首から上だけしか写さないとか、抑制の効いた演出が、虚実のせめぎ合うぎりぎりまで観客を追い込んでいく、あの感じはうまい。
 田中里枝のスキニーな美貌が、あの役に合ってる。こわいけど、食べられたいと思っちゃうくらい。
 佐久間麻由がまたかわいいんだけど、たぶん、この監督はそうとうスケベに違いなく、出てくる女優が全員いい女。女優に対する嗅覚が鋭い。
 佐久間麻由と上村聡のテーマは、上の二人より繊細だ。上村の心理が説明されないのもいい。説明されないが、リアリティーがある。引きこもりまでいかなくも、他者と関わりを持つことを忌避して、社会性をうしなっていく心理の描写にはウソがないと思った。
 むしろ、この程度に希薄な社会を私たちは生きているし、こうした社会のない個人とでもいうべき生き方を、どうやって物語にすくい上げていくかは、面白いテーマなのだろうと思う。
 こういう映画があまり話題になっていなくて残念。「乱暴と待機」とか、「ジャージの二人」とかが楽しめた人には、是非にお薦めいたします。
 「飯と乙女」公式サイト
 それから、菊池透の冷蔵庫を開け閉めするシーン。(笑)