『カシタンカ・ねむい』、『東方綺譚』

 先月読んだ本の話。

カシタンカ・ねむい 他七篇 (岩波文庫)

カシタンカ・ねむい 他七篇 (岩波文庫)

 日本語でチェーホフを読むなら、神西清の翻訳で読むにかぎる。
 この本は、「チェーホフの短編に就いて」と「チェーホフ序説」という、神西清のふたつのチェーホフ論が貴重だ。
 引用。

 「神あり」と「神なし」との間には、非常に広大な原野が横たわっている。まことの智者は、大きな困難に堪えてそれを踏破するのだ。ロシア人は、この両極端のうちどっちか一つは知っているが、その中間には興味を持たない。だからロシア人は普通まるっきり無知か、乃至は非常に無知なのだ。ーーーーーそんな意味のことが、チェーホフの『手帖』に書いてある。これは彼のいわゆる「唯物論」的態度の、おそらく最も完璧な表現である。

 ここでの「ロシア人」論を、‘私には関係ない’と思える人は、チェーホフの言うとおり、まるっきり無知か、非常に無知かのどちちらかだろう。

 こんな挿話がある。 ーーー トルストイが「カント的な見方で」不滅を認めて、人間も動物もある神秘な原理(理性、愛)によって生きていると主張したのに対し、チェーホフは、その原理とやらは何かどろどろしたジェリーの塊りみたいに思えてならない、じぶんの自我や意識がそんな塊りと融合するのが不滅なら、平に御免をこうむると言い放って、ヤースナヤ・ポリャーナの聖者を唖然たらしめた。1897年のはなしである。

 表題作をふくめ、9編の短編が収録されている。私は、「大ヴォローヂャと小ヴォローヂャ」、「富籤」が好き。
 

東方綺譚 (白水Uブックス (69))

東方綺譚 (白水Uブックス (69))

 マグリットユルスナールの短編集。「老絵師の行方」が読みたかったので。
 「美あり」と「美なし」の間にも、やはり広大な原野が横たわっているか。