いろいろ思い出したこと

knockeye2012-02-28

 昨日の記事を書きながら、思い出していたのは、高校時代、通学の電車のなかで、
「この電車にいる全員に‘こころ’があると思ったら大間違いだ」
と言った奴がいた。
 彼がどういうつもりで言ったのかは分からないが、記憶に残る言葉ではある。
 「日本には社会がない」
という言い方はよく耳にする。
 たとえば、吉田健一丸谷才一の「小説と社会」という対談に

吉田 日本はまだ社会があるというところまでいっていない。明治以前は明らかにあった。でも、それは壊しちまった。ただね、様々な変遷を通って、これからできていくのじゃないかと思う。どういうものか予測はできないけど、とにかく社会ってものが。
丸谷 そうでしょうね。
吉田 社会というのはあるかないか、どちらかですよ。いい社会とか悪い社会とかじゃない。あるかないかだ。そうすると、いまのところまだ日本に社会はない。それが小説を書きにくい理由のひとつじゃないかな。

 また、以前に紹介した、神西清チェーホフ論には、「人間も動物もある神秘な原理によって生きている」と、‘不滅’について主張したトルストイに、チェーホフは、
「その原理とやらは何かどろどろしたジェリーの塊りみたいに思えてならない、自分の自我や意識がそんな塊りと融合するのが不滅なら、平に御免をこうむる」
と言い放った。
 先日、新井白石から、正宗白鳥国木田独歩のあいだに何が起こったのか?と書いたけれど、日本が‘社会を失った’とは言えるのかもしれない。
 正宗白鳥
「臨終に、南無阿弥陀仏というか、アーメンというか楽しみだ」
といったとき、その南無阿弥陀仏の背後に親鸞の姿を見ていただろうか。すくなくとも、親鸞という人物の姿を思い描くことが出来なかったのではないか。
 ただ、このことはももう少し考えてみなければならないだろう。歎異抄の発見は、正宗白鳥が若いころのちょっとしたニュースだったはずだし、廃仏毀釈の狂乱はすでに遠いとしても、正宗白鳥のいわゆる‘棄教’は、やすやすと仏教を捨てて、キリスト教に赴く人たちに、彼自身、なじめなかったことを示している。
 廃仏毀釈が日本人の集団心理の一例であることもまた言えるはずである。つまり、明治初期の日本人キリスト教徒たちの雰囲気は、容易に想像してみることが出来る。
 また、村上龍小熊英二の対談も思い出した。

村上 ・・・『単一民族神話の起源』の中の言葉で、近代日本で流通した集団観においては「まず個人があり、それがあつまって集団ができるのではない。まず集団があり、そこからの疎外現象として<個人>が析出されるのである」とありますが、まさしくその通りだと思うんです。こんなに明確にすっと入ってきた文章はないですね。

 個人が単位である社会が存在せず、まず‘集団’が存在するとき、‘個人’はどうふるまったかは、

隠者とは日本の歴史の中では例外的にしか存在しなかった「個人」に他ならない。日本で「個」のあり方を模索し自覚した人はいつまでも、結果として隠者的な暮らしを選ばざるを得なかったのである。

という阿部謹也の一節がある。