横須賀でストラスブール美術館展を観た後、横須賀線で鎌倉にまわって、神奈川県立近代美術館で「鯰絵とボードレール」という展覧会。
2008年に亡くなった気谷誠という人のコレクションが、奥さんから寄贈されたので、その追善供養といった意味合いかと思う。
気谷誠という人は『風景画の病跡学(パトグラフィ)―メリヨンとパリの銅版画』という、なんだか面白そうな本を書いた人なので、ほんとはメリヨン関係の展示がもっと多くてもよかったのだろうが、今回の展示は鯰絵が中心で、しかし、この鯰絵がすごく楽しかった。
鯰絵は、安政の大地震のあと大流行した、鯰を題材にした浮世絵のことだそうだ。流行が過熱してしまい、禁制の憂き目にあって、わずか二ヶ月で姿を消した。
最初はたしかに震災の様子などを描いているのだが、やがて鯰がカリカチャライズされて、これを神様がこらしめるみたいな絵になり、そのうち、震災の復興需要で羽振りがよくなった職人たちが、鯰を料理屋で接待する絵になり、鯨みたいな鯰が小判の汐を吹き上げる絵になり、ついには職人たちが金銀のくそをひる絵になる。
図録を買って帰ってページをめくってみたが、くそをひる職人たちの絵は載ってなかった。鎌倉とはいえ、幕府の禁制が生きていたわけではあるまいが、楽しみにしていたので残念だった。夏休みの中学生らしいのがその絵を観てクスクス笑っていた。
気谷誠は『鯰絵新考―災害のコスモロジー』という本も書いている。風景と社会、人々が絵を観る時、結局、そこに何を観ていたのかということを考えていた人なのかもしれない。
ちなみに、神奈川県立美術館の本館は、ル・コルビュジエのスタジオで、シャルロット・ペリアンと同僚だった坂倉準三の設計だが、取り壊しの話が出ているようだ。ル・コルビュジエが設計した上野の国立西洋美術館は、一部で「世界文化遺産に」みたいな突拍子もない運動をしているようだが、たしかに鎌倉の美術館は手狭な感じはある。ドアなんかバタンッていう感じで閉まるし。
別館の方で新収蔵展があったのでそちらにも駆け込んだ。もう閉館間際という時間帯。ほんとうは、こちらの藤田嗣治の<キキ・ド・モンパルナス>が目当てだったのだけれど、鯰絵が予想外に面白くて時間を取られてしまった。
1926年、最近、公開されているウディ・アレン監督の「ミッドナイト・イン・パリ」の主人公が迷い込むのもちょうどこのころのパリ。日本でいえば昭和モダニズムの時代にあたる。このころ、世界の文化の中心はまさにパリだった。いま、この時代にノスタルジーを抱くとしたら、それを共有するのは、日本を含めて、西欧世界全体かもしれない。
わたしが「ミッドナイト・インパリ」に二の足を踏んでしまったのは、はたしてそのノスタルジーに浸っていいのかどうか確信がもてなかった。
藤田の乳白色はいまでもその技法が解明されない。藤田は、ファインアートの世界の中心地で、全くのオリジナルで、真っ向勝負して勝利を収めた数少ない人のひとりである。このことが尊重されないとしたら、それを尊重しない社会の方がどこかいびつなのだろう。