「ファルージャ」

knockeye2013-12-21

 家族あての脅迫状を偶然見てしまい、「殺されていたらこんなことにならなかったのに」と、パニックになった高遠菜穂子さんはお母さんにビンタされた。
「二度とそんなこと言うんじゃないよ!。とっとと行ってイラク人に会ってきな!。イラク支援やめるなんて言ったら承知しないよ!。」
そして、事件の半年後には、高遠さんはヨルダンにいた。
「目が覚めましたね」
と。
 あのときも書いたけれど、エキソドゥス、高遠さんはあの帰国騒ぎと同時に、はっきりとこのムラ社会の外に出た。
 イラクからの帰国に同行したテレビ局の女性にもインタビューしていたが、
「ひとことあやまるべきだと思った」
のだそうだ。
 10年後のインタビューでまでそう言うんだから、ほんとにそう思ったのだろう。
 帰国のようすは私もテレビで見たけれど、無事でよかったと思っただけで「あやまる」だのなんだのは頭に浮かびもしなかった。
 大前研一が日本のマスコミを評して、大衆迎合の「高見の見物」と言ったが、これなんかまさにそれだろう。
 本来なら六本木のオフィスにいるはずのあたしがイラクくんだりまで、‘取材に来てやってる’という意識だからこそ「ひとことあやまれ」という思いになる。「あやまれ」は偽らざる感情で「国民に」という付けたしは欺瞞だろう。
 当時、人質の家族のオフィスに詰めていた、下村健一がインタビューを受けていた。人質の家族に対する脅迫状について報道したのは、‘はじめは’こんなひどいことをする連中がいる、といったニュアンスだったのだが、それがかえって脅迫を助長することになってしまった、「たとえば、飛行機事故の報道でも、飛行機が墜ちましたと報道するとしても、ほかの飛行機は無事に飛んでますとはいわないでしょう」と言っていたが、当時の報道を思い返して、そんな程度のことだったかどうか。十年は確かに昔だが、記憶が上書きされるほど昔とはいえないのではないか。「自作自演」だの「自己責任」などの流言飛語にマスコミは責任がないといえるだろうか。
 しかし、脅迫状より励ましの手紙の方が多かったと聞いてすこし救われるが、ただ、脅迫状500に対して激励800だそうだ。
 今井紀明さんの現状についてわかってよかった。今は大阪で通信制高校の卒業生が社会に出る手助けをするNGOを立ち上げているそうだ。当時まだ十代だったように記憶しているが、ダメージは大きかったと思う。当時は、普通に歩いていたら、見知らぬ人に殴られたことがあるそうだから。
 あの「自己責任」についてもずっと考えていたそうだが、こう言っていた。
「‘自己責任’って、つまり‘死ね’ってことだから。生きていこうと思えば、ゼロになるしかないですよね。」
そして、そう思えるまで4、5年かかったとも。
 高遠菜穂子もすごいと思っていたけれど、今井さんも、やっぱ、たいしたもんだと思った。「自己責任」って言ってた連中は、あの人たちにむかって「死ね」と言っていたのである。そんなの論理でも倫理でも何でもない。そして、4、5年の月日を費やしても、その結論にたどり着ける強さは、人は意外に持てないかもしれない。甘えようと思えば甘えられるから。その「死ね」と言った連中に相互依存していっしょに堕ちていくこともできる。しかし、今井さんはそうはしなかった。
 脅迫状には目を通していたが、最近ようやく励ましの手紙も読めるようになって、すこしずつ返事も書いているそうだ。
 そう言って持ってきた手紙の束の中に、一通脅迫状が混じっていた。その文面は、ネットでお見かけするみなさまの例のあれである。しかし、それに対する今井さんの態度が立派だった。4,5年考えてゼロにしたっていうことはつまりそういうこと。
 ここまで書いてきてみると、ほとんど映画についての感想とは思えない文章になっているが、余計なお世話ながら映画としてはあらだらけだと思う。しかし、そんなことはどうでもいいわけ。とにかく撮ったということに拍手です。
 ファルージャでの高遠菜穂子さんの活動にも同行している。
 ファルージャでは新生児の14.4%が畸形で生まれるそうだ。高遠さんと現地の医師たちとの会話や交流も興味深かったけれど、高遠さんは自身の活動について、大きな組織が千人救えるとしても、自分の活動がそれに一人加えられたらそれでいいと思っているし、「もし一人も救えなくても・・・」と言いかけて、インタビュアーの、つまり、監督の目をのぞき込みながら言葉を飲み込んだ。昔の日本語ではこれを「覚悟」と言ったのだが、今は死語かもしれなかった。
 ここまででも、ちょっと書きすぎたかもしれない。ほかにも、イラクのジャーナリストの沖縄訪問のこととか、イラクの女性医師のインタビューとか、いろいろ書きたいことが多いのだけれど、これ以上書くと、この映画を観る予定の人には迷惑になるかもしれないので控えておこうと思う。
 こういう映像に圧倒されることも必要だろう。東京でも横浜でもレイトショーでしかやらないのは残念に思う。