黒木華 銀熊賞

knockeye2014-02-17

 映画「小さいおうち」で、黒木華がベルリンの銀熊賞を受賞したそうだが、現地メディアでは、評価が分かれているそうで、「何度も見る価値がある」という評価がある一方、「監督が常連だから獲れたんだろ」みたいな冷ややかな見方もあるそうだ。しかし、評価が割れるっていうことが、名作の証明かなと思っている。
 MoviesWalkerの評価なんかでも、5と1にすぱっと分かれているのは観る価値がある。だめなのは、3と4あたりに、評が山なりに固まってるやつで、これはどうでもいい場合が多い。
 「小さいおうち」は、山田洋次監督と「寅さん」シリーズを長年支えてきた、山田組の底力を堪能できる、名作だったと私は思う。
 原作にあった、カーライルとミル(らしい)のエピソードが、映画では省略されている。映画で黒木華が演じているタキが、最初に女中奉公していたうちの主人、映画では橋爪功が演じている、小中先生がタキに語って聞かせる、ミルとかいう人の女中さんが、カーなんとかいう人から預かった、大切な原稿を暖炉にくべてしまう話。
 この話は、小中先生お気に入りの話で、その話の締めくくりはいつも、
「けれども、友人の原稿がなくなってしまえばいいと、彼は一瞬でも思わなかったろうか?」
だったそうなのだ。
 戦況がいけなくなったころに、タキは小中先生と再会して、この話をまたするのだけれど、そのとき、小中先生はこう言う。
「・・・いいかね。いちばん頭の悪い女中は、くべてはいけないものを火にくべる女中。並みの女中は、くべておきなさいと言われたものを火にくべる女中。そして優れた女中は、主人が心の弱さから火にくべかねているものを、何も言われなくても自分の判断で火にくべて、そして叱られたら、わたくしが悪うございました、と言う女中なんだ」
「いちばん頭の悪い女中がうっかり火にくべたものと、ご主人様がお心迷いから火にくべかねていた代物とが、たまたまいっしょでしたら、いいんですのにね」
「おう、そうだ。まったくその通りだ。お前は、頭のいい女中だよ」
 この会話が、小説のカギとなっているし、すごくいいのだけれど、ただ、映画にはこのまま使えないのも正しい判断だと思う。
 その代わり、というのもおかしいが、黒木華が庭でいったん別れた松たか子を、玄関でふたたび迎えるシーンを、カットなしの長回しで撮るという工夫が、あの映画の隠れたクライマックスに緊迫感を与えている。
 映画で、米倉斉加年がいうように、戦時下であろうがなかろうが、人は結局、自分でも不本意な選択を迫られるときがある。そして、その選択の結果を負い続けなければならないこともある。
 そうした‘運命’としかいいようのないことが、昭和モダンといわれる、東京のもっとも美しかったころ、そしてそれが、戦火で失われていくことと重なって描かれている切なさが、感得できるかどうかで、あの映画の味わいは変わってくるだろうと思う。
 ところで、これは余談であるけれど、「小さいおうち」封切りに合わせて、ということか、テレビで「東京家族」が放映されたのだが、個人的な感想としては、それは、逆効果かと思った。
 「東京家族」は、予告編を見た時点で、「だめだ、こりゃ」と思った映画のひとつだった。本編は観ていないので、正確に言えば、「予告編がひどい」としかいえないのだが、わたしとしては、「東京家族」はいったん忘れて、「小さいおうち」をご覧になることをおすすめしたい。
 さらに余談だけれど、黒木華にトロフィーを渡しているプレゼンターは、「ジャンゴ」「おとなのけんか」のクリストフ・ヴァルツだね。今気がついた。