「ダラス・バイヤーズ・クラブ」

knockeye2014-02-23

 「ダラス・バイヤーズ・クラブ」を横浜ブルグ13で。
 最近、週刊現代をよく読むようになったのは、井筒和幸の映画評が面白いからだ。今週号は「ダラス・バイヤーズ・クラブ」。今月とりあげた「オンリー・ゴッド」、「ラッシュ」、「アメリカン・ハッスル」とともに、
「ここんとこ、洋画はよう頑張ってた。今月はどれも儲けもんや」
と書いていた。
 わたしは「オンリー・ゴッド」は見ていないけれど、「ラッシュ」、「アメリカン・ハッスル」と、この「ダラス・バイヤーズ・クラブ」は、たしかに、ガッツンとくる。手探りで生きていかなければならないとしたら、手応えがある方を選びたい。
 「ラッシュ」、「アメリカン・ハッスル」とともに、これも実話。時代は1985年。1980年代、突然アメリカに猛威をふるったこのエイズという病気が、かの国にひきおこしたパニックのすごさについては、いまでもかすかに憶えている。
 ホモの病気だと思われていた(映画のサイトには「ゲイ」と書かれているけど、そんな上品な言葉は当時の日本ではなじみがなかった)。それに、感染とかの詳細が未解明だったこともあり、エイズ患者への差別はひどいことになっていたようだった。
 いま、ソチ五輪プーチンが同性愛差別に関して云々されているけれど、ほんの30年前のことを思い出せば、アメリカも人のこといえないはずなんだけど、それでも、アメリカという国がある一定の国際的な信頼を得ていられるのは、まず隠さないこと、と、間違いを超えて少しでもよい方へ進もうという国民的な合意があると信じられているからだと思う。たとえば、こんな映画が作られるといったことだ。
 つまり、フェアであることが、アメリカの国際的なブランド力なので、軍事力や経済力を支えているのは、実はそのブランド力なんだということを、アメリカの政権は自覚してきたはずだし、おそらく、これからもそれだけは譲れないことのはずだ。
 ダラスという保守的な土地柄で、彼自身もホモの病気だと思っていた、ロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒーががりがりに減量して演じている)がエイズに冒され、余命30日と宣告される。一時は自殺の誘惑にかられるが、結局、弾が尽きるまで、生に立てこもる選択をする。
 ここからがカウボーイの本領発揮だ。メキシコのもぐりの医者に出会ったのを皮切りに、オランダ、日本、世界各地に飛び回り、自分のからだを実験台に、未認可の薬をエイズ患者に売りまくる。病気になる前より金持ちになってんの。
 お金って面白いと思うのは、自分が必死で生きる努力をして、社会的に正しい闘いをしていると、お金も自然に回ってくるって、こんな脳天気なレビューは、ブログだから書けるに違いないが、みんな口には出さないけど、結局、そんな浪花節がアメリカ人の大好物だと思うし、正直、日本人だってそうでしょう。
 たんに、賢く立ち回って儲けてるのではだめで、不正と闘っている、そして、儲かる、じゃなきゃだめなんだね。
 だから正直な人は面接試験で「どんな仕事がしたいですか」と聞かれたらこう言うだろう。「努力が報われて、人のためになって、最後に儲かる仕事です。」
 それに、さらに正直な人は、くわえて、少し悲劇的要素が欲しいともいうだろう。
 何の因果か、主人公のロン・ウッドルーフは、エイズのおかげで、そんなたぐいまれな人生を生きることになった。この映画の喜劇的な明るさはそこにあるだろう。ようするに「シェーン」なんだ。ふらりとあらわれて、悪漢どもを退治して、立ち去っていく、誰もが憧れるが、誰もなれないヒーローに、ひょんな巡り合わせでなることになった男。
 スーパーマーケットでケンカするシーン、かっこいいよな。でも、どうなんだろう?。ロン・ウッドルーフは、同性愛者への偏見を克服したんだろうか?。私はそういうのどうでもいいような気がする。