声としての政治家

knockeye2014-03-04

 日本人がなぜ議論が苦手かについて書いている、面白いブログがあったので紹介したい。
 そこに「民主主義とはただの多数決ではなく、社会の構成員すべてが納得できる価値観を探り出すプロセス」とあった。
 いまの安倍首相のおじいさん、岸信介を、福田和也をはじめ、複数の人が、「優秀だった」と褒めそやすのだけれど、しかし、60年安保のとき、岸信介が言ったのは「声なき大衆は我々を支持している」だったと記憶している。
 このときの彼の決断が有益であり、正しい選択であったのなら、彼はそれを国民に説得しなければならなかったし、国民を説得できる言葉を見つけて、それを国民の声にしていかなければならなかった。彼のいうとおり、「声なき大衆」が彼を支持していると信じるならば、その大衆の声を言葉に拾い上げることこそ、政治家としての彼の仕事であったはずだった。
 ずっと時代が降った今になって、福田和也のような博識衒学が「いや、じつはあのひとは優秀だった」とつぶやいていること自体が、政治家としての彼の失敗だと言えると思う。
 日本人が過去の政治家についてかたるとき、「いま、あのひとがいてくれたらな」みたいなことはよく口にする。「今、吉田茂がいてくれたらな」、「今、田中角栄がいてくれたらな」、「今、後藤田正晴がいてくれたらな」。
 でも、それは英雄待望論であり、精神的な怠惰ではないだろうか。
 ほんとうはそうではなく、「今、あの人がいたら、何と言っただろう?」「今、あの人がいたら、どうしただろう?」と、考えられるような、そうした考え方の指針となる政治家がいただろうかと、近代以降の政治家をあれこれ思い浮かべてみても、そんなふうに、わたしたちの内側から、言葉をしぼりださせてくれるような、私たちの言論を導く、声としての政治家を、日本人はまだ経験していないと、言えるのかもしれなかった。
 さかのぼって、その原因を探れば、明治維新が、個人と社会の関わり方をよりよいものに変えていこうとする、意識的な革命ではなく、西欧列強から外圧をうけた混乱に乗じた、軍事的なクーデターにすぎなかったことに尽きるかもしれない。
 その軍事クーデターの大義として、また、中央集権化の装置として、利用されたのが天皇の権威であり、そして、その明治維新の精神的な二重構造を、それ以降この国を実効支配するものたちが、特権意識としてそのまま引き継いだために、権威、大義、言論といったことを、自分たちの権力の方便にすぎないと軽んずることになった。そのために、権威も言論も、権力の抑制力として働くことができなかった。
 国民の声となり、声を糾合していく政治家を日本人は経験していない。そのために、小沢一郎のように裏工作のうまい政治家をよい政治家と考えてしまうのだろう。
 小泉純一郎郵政選挙のときの演説にはその片鱗はあったと思う。ただ、大きなうねりにしてゆくことはできなかった。ひとにつは、言論機関としてのマスコミの不在も大きいだろう。ここに書いているようなことを、彼らなら「ポビュリズム」の一言で片付けてしまうだろう。だが、実は、そのこと自体が、ここに書いている構造そのものなのである。