結局、朝日新聞は何をやったのか

knockeye2014-08-15

 結局、虚偽報道を放置し続けることで、朝日新聞が何をやったのかについて、報道機関は検証するつもりさえないみたいだが、この虚偽報道は、慰安婦問題とはまったく別の深刻な事件として取り扱うべきではないだろうか。
 今のところ、マスコミの反応は、先日の神奈川新聞の社説「強制連行は核心ではない」に見られるような、虚偽報道の犯社会性を矮小化しようとするものか、その逆に、「朝日新聞の社長を国会に証人喚問しろ」とかの、朝日新聞に対する攻撃かのどちらかに二分されているが、ある意味では、この事態そのものが、この虚偽報道によるミスリードだと言える。
 30年間、ウソが真実として放置されてきた、その影響は、無意識な刷り込みのレベルにまで達している可能性があり、だからこそ、丁寧な検証作業は絶対に必要だと思う。たとえば、スマラン事件についての報道のあり方だ。
 スマラン事件はずっと「強制連行の証拠」とされてきた。法華狼さんに尋ねた時も、この事件が挙げられた。私が違和感を覚えるのは、この事件は、はたして「慰安婦問題」の一部として扱われるべきものだったかということ。
 本当は、というのはつまり、朝日新聞の虚偽報道がなければ、スマラン事件は、「慰安婦問題」よりはるかに深刻な、別の人権侵害事件として扱われたのではなかったか?。
 それが、吉田証言が真実として放置されていたために、その類似性から(ただし、片方はウソである)、スマラン事件は、もっばら虚偽報道の補強として利用されることになった。
 ゆがんだレンズが1枚紛れ込めば、全体像も当然ゆがむ、これは、たぶん、その一例にすぎないはずだ。
 虚偽報道が放置された、30年というその時間は、そのウソが真実として浸透するに充分すぎる。それが、慰安婦問題の全体像に影響を与えないなどということはありえない。
 そのような事を平気で文章にできる記者は、自分が携わっている、報道という仕事の重さについて、まったく無自覚で無責任というしかないだろう。
 上の例だけでなく、慰安婦をめぐる報道について、再検証はぜひなされるべきだろう。ひとつひとつの正確な事実が必要なのだ。貧弱な頭ででっちあげた全体像は、その後でつけ足せばよい。