「ギリシャに消えた嘘」

knockeye2015-09-06

 アミュー厚木で、「ギリシャに消えた嘘」っていう映画を観た。
 この映画、興行成績はどうだったのか知らないけど、わたしとしては、「けっこうイイ」と「すっごくイイ」の中間くらい、それも、「すっごくイイ」寄りです。
 「ドライブ」の脚本を書いたホセイン・アミニの初監督作品。「ドライブ」は、品田雄吉小林信彦に「観た方がいいですよ」と耳打ちしたらしいが、飽くまで脚本家であって、監督としての力量は未知数なんだし、とか思ってたけど、お見それしました。
 そして、原作は、パトリシア・ハイスミスの「殺意の迷宮」、原題は映画とも“The Two Faces of January”。パトリシア・ハイスミスは、「太陽がいっばい」の原作者と紹介されることが多いけど、わたしのオススメは、吉田健一の翻訳した『変身の恐怖』です。舞台も主人公の設定も、この映画に近いか。
 パトリシア・ハイスミスに関しては、一時期、小林信彦もはまってたことがあった。その時の文章で、この人、妙なこと言うなぁと印象に残ってるのは、「パトリシア・ハイスミスはレズじゃないか」って、ほぼそう信じてるみたいだった。女性に辛辣で、男を描くのが上手とは言えると思うが、それだけでレズと言えるかどうか。
 ただ、確かに、この人の描く男の悲哀と女のズルさは容赦がない。そして、それが魅力的なんです。今回の映画で微妙な三角関係を演じた、ヴィゴ・モーテンセンオスカー・アイザックキルスティン・ダンストのキャスティングは、そのあたり大成功だったと思います。ヴィゴ・モーテンセンは、きらびやかな前半生を失いかけている、まだ初老とまでも言えない男。オスカー・アイザックは、なぜかギリシャで、観光客のガイドなんかして日銭を稼いでいる、アメリカの大学生(自称)。「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」の主役、ポスターで猫を抱えているあの人なんだけど、ヒゲがないから断然若く見える。性格もこちらの方はぐっと陰影が深い。この主役の男性ふたりは、どちらも詐欺師なんだから、そりゃそうかもだが、パトリシア・ハイスミスの主人公は、アメリカを離れて欧州やアラブ世界で浮遊しているエトランゼである場合が多く、そのアウェーな感じが、キャラクターに深みを与えているかもしれない。
 そして、ヒロインのキルスティン・ダンストが、今回は出色だわ。ファム・ファタルというか、「プロ」ファム・ファタルというか。この人と幸せな家庭を築こう、とか思う男はいないと思うが、こいつとだったら破滅してもいいかって思う、そういう男はいるんじゃないの?。また、そういう男でないと、ちょっと、クセがありすぎるのかも。たとえば、カワイイということだけ言えば、最初にカモになってた、女子大生役のデイジー・ビーヴァンの方がカワイイのですけれど、そういうことじゃないのよ。
 最初は、フィルムで撮ろうとしていたそうなんだけど、叶わなかったかわりには、撮影監督の提案で、フィルムカメラ用のアナモルフィックレンズを使って撮影した。このレンズは、映画のワイドスクリーン用に、撮影するときは横を圧縮して写し、再生するときに引き延ばす。だから、ワイドなのに望遠みたいな圧縮感とボケ味が出る。イスタンブールの追跡シーンは、「第三の男」へのオマージュだそうです。
 原作が出版されたのは、1964年だそうだが、アメリカの自意識がまだ肥大化していなかった時代。世界が今ほど窮屈でなく、心に闇を抱えて潜んでいられる片隅が、世界のあちこちにあった、風通しのよい、隙間の多い時代に、なにか懐かしさを感じる。