永青文庫 春画展

knockeye2015-09-24

春画のからくり (ちくま文庫)

春画のからくり (ちくま文庫)

 永青文庫の「春画展」に行ってきた。
 大英博物館で好評だった「春画展」は、当然、日本にも凱旋するのだろうと思ってたら、永青文庫以外の美術館は、ウジウジもじもじの体たらくとは、そりゃまあ、たったひとりのクレームで、すぐに展示品を引っ込める程度の連中だから、世間にしっぽを振る以上のことを期待するのも酷というものだった。
 永青文庫の建物は、それ自体、昭和モダニズムの面影を伝える良い建築だが、大規模な展覧会にはやはり手ぜまらしく、途中で展示替えをする。前期展は11月1日まで。
 開催2日目の日曜日に訪ねたが、狭いためばかりといえない、けっこうな混雑。ふつう、浮世絵の展覧会は、顔料が褪色しやすいため、ガンガン空調が効いて、夏でも寒いものなのに、永青文庫は空調もさほど強くなく、扇子でパタパタしながら見て回ってる人もちらほら、なにか、縁日のようなふんいきもただよっていた。
 浮世絵の展覧会もだいぶ見てきたけれど、回数を重ねるたびに、だんだん感じてくるのは、春画を観ずして、浮世絵を語っても、という欠落感。とくに、喜多川歌麿に関しては、画業の最も高いところが隠れて見えないもどかしさがあった。
 それと、もう一点の違和感は、そもそも、春画を、現在のポルノグラフィーと同様に「猥褻物」と片付けてしまうどうしようもない迷妄。たとえば、シェークスピアの台詞を「政治的コレクト」に書き換えて上演するなどということに、違和感を覚える人たちには共感して頂けるのではないか。
 当然、江戸時代と今では、社会が変化している。というより、社会は、つねに動的に変化し続けているのを、私たちがかってに、永遠に変わらないものと思いなすにすぎないのだから、社会の移ろいを知ることは、社会を知ること、だから、春画とは何かを考えることは、今、私たちが生きている、現代の社会を考えることそのものなのに、「春画」=「ポルノ」といったオートマティックな拒否反応は、「西洋」=「進歩」、「東洋」=「未開」、「油絵」=「芸術」、「マンガ」=「害悪」といった類の凡庸な偏見と、根っこをたどれば同じだろう。
 余談だが、以前にも書いたけれど、田中優子の『春画のからくり』を電車で読んでいたら、その本を覗き込んでいた隣のオバさんが、挿絵を見た途端にガバッという感じで、立って席を移っていった。他人の本を覗き込むマナー違反はひとまず置くとしても、いったい何のアピールやねん?。私がそのオバさんに感じた恥ずかしさは、今考えると、著者の田中優子とそのオバさんの落差だと思う。「うわー」ってでかい声出したいくらい恥ずかしい、この感じ、伝わるかな?。許しがたいのは、むしろ、その凡庸だ。
 とはいえ、私は、ふだん浮世絵を見慣れていない人とはやっぱり、違う反応をしているのは確かだと思う。
 たとえば、鳥居清長の春画があったが、これが、縦長なの。柱絵みたいな、ハガキを縦に3枚くらい並べたくらいかな。清長といえば、八頭身美人で有名だが、春画も縦に長いのかよ?!、と心の中で突っ込んでたり。
 歌川国芳春画は、顔がちんことマンコでできた妖怪なの。春画にもその笑い?って。
 鈴木春信は、春画とそれ以外の境目が曖昧というか、どの絵もエロチックだから、春画じゃない絵のほうが、ギャップの効果で、余計にエロチックに見える。画家の意識の中でも、今、思うほどには、春画かどうかの区別はハッキリしていなかったかも。というのは、鈴木春信は、錦絵の創始者なわけだから、これはダメ、あれはダメという、タブー意識がまだ希薄だったかも。不特定多数に向けたマーケットも存在していたにはちがいないが、「連」と言われる、仲間内で回し読みしている感覚の方が、まだ強かったのではないかと思う。早く亡くなったし。
 喜多川歌麿葛飾北斎が、画面の構成力に抜きん出ていると思うが、先ほどの鳥居清長もこれに加えてもいいかも。
 田中優子が指摘しているのは、歌麿の布地に対するこだわり。「衣文」とでも言いたくなる、布地を描く線の優美さは、描写を超えて表現的に見える。
 これに対して、北斎の欲望は描写にある。描写に対する欲求が複雑なポージングになるのだと思う。二匹のタコに絡まれる女体の絵は、そのフェチズムにおいて現代のポルノに最も近いと感じさせるが、そのフェチは何に対してのフェチなのかと言えば、北斎の場合、おそらく描写フェチなのである。田中優子の指摘では、歌麿北斎で対照的なのは、衣服を描く線の違いで、北斎は、線を短く切ってギザギザに描いている場合が多い。歌麿のフォルムに対して、北斎は触感を表現したいのだと思う。
 歌川国貞という人は、いつ見ても没個性なんだが、春画については、それがよかったかもしれない。それから、ふだんあまり見られない上方の浮世絵師の春画も多く頼もしかった。特筆すべきは、どれも保存状態が良い。他の浮世絵に比べて、秘蔵されたためだろうと思う。
 古くは13世紀頃の春画もあり、そうなると、もはや劣情とは程遠く、道祖神とか、そんな感じの、むしろ、宗教的な感慨を催してしまう。現に、「勝ち絵」といって、武者が戦に携えたものもあったそうだ。これは、西洋でも、古くは、ヴァギナ・ディスプレイといって、女性器を見せつけることで嵐が止んだり、敵を撤退させたりできると信じられていたそうだ。男性器も女性器も、今よりずっと神聖だった。
 全体を通して、性に対する大らかさが、印象に残った。カポディモンテ美術館展の時に書いたけれど、西洋では、キリスト教の性に対する抑圧が強く、明らかに性的な表現が、聖画に隠喩として現れる。聖アガタとか、ユディトとホロフェルネスとか、ベルニーニの『聖テレサの法悦』など。キリスト教イスラムと違って、絶対者のいない社会では、性はこんな風に描かれるという事実は、やっぱり、心に留めておいて損はない。もちろん、この春画に描かれている社会は、今の日本社会ではないけれど、私たちの社会の土壌に、これはあると考えておくべきだろうし、キリスト教以前の西洋社会を考える時にも、手掛かりになるだろうと思う。