『音量を上げろタコ!なに歌ってんだか全然わかんねえんだよ!!』

 三木聡監督の映画は、『転々』、『インスタント沼』、『俺俺』を観ている。なかでも『インスタント沼』は名作。あのときの風間杜夫は、『蒲田行進曲』の銀ちゃんより好きだ。プロットも素晴らしく、監督自らノベライズした。
 以来、三木聡監督の映画は、面白いとか面白くないとか、そういう低いレベルで批判しないことにしている。
 『音量を上げろタコ!なに歌ってんだか全然わかんねえんだよ!!』は、前回の『俺俺』のシュールさから一転、エモーショナルな作品に仕上がった。
 ふせえり岩松了松尾スズキら、チームの常連もあいかわらず。『インスタント沼』で主役だった麻生久美子も謎の女医役で出演している。
 それと、ふせえりが演じる大家さんのアパート?、店舗?の雰囲気がすごくいい。この舞台立てでもう三木聡ワールドに引き込まれる。
 この映画は、吉岡里帆ストリートミュージシャン阿部サダヲが超人気ロックスターという、いわば、『王様と乞食』とか『プリティーウーマン』とかの構造を遠い背景に望みながら、声帯ドーピングという、ありそうでなさそうな、現実にはなさそうだけど、映画的にはなんともそそられる設定で、新旧スターの誕生と凋落、その王位継承の顛末を、けっこうストレートな恋愛物語に絡めて、歌い上げている。
 というのは、この映画、歌い手を主人公にしているので、曲を提供した作曲陣がなんとも豪華なようだ。
「人類滅亡の歓び」
作曲/「L'Arc-en-Ciel」HYDE
作詞/しわたり淳治
アレンジ&ギター/PABLO
ベース/KenKen
ドラム/「FUZZY CONTROL」SATOKO

「体の芯からまだ燃えているんだ」
作詞・作曲/あいみょん
アレンジ・演奏/THIS IS JAPAN

のダブル主題歌に加え挿入歌も

「夏風邪が治らなくて」/never young beach

「まだ死にたくない」「ゆめのな」/橋本絵莉子

「遊ぶ金欲しさの犯行」作詞・作曲/富澤タク

「肩噛むな!」ボーカル/清水麻八子 
 作曲・演奏/八十八ヶ所巡礼

など、ここに相当お金がかかっている。詳しくはこちらの記事をどうぞ。
 つまり、こういうところを、実は作り込んでるって面白さが三木聡なんです。『インスタント沼』の時も、重要な小道具になる「折れた釘」を選ぶのに、「美術スタッフが京都の撮影所から何千本と集めてきて、『釘オーディション』」を開いたってことだった。のちに、柴田是真の漆芸品の展覧会に行った時、「折くぎ文」という意匠を見たときは驚いた。『インスタント沼』の折くぎと似てると思った。

 今回は吉岡里帆っていう、今話題の女優さんが主演なので、興行収入がどうたらこうたら言われてるみたいだけど、本人としては不本意だろうけれど、いつも、そんなに集客する映画じゃないです。

 もう一度言うけど『インスタント沼』は、ホントに名作でしたけどね。風間杜夫松坂慶子の『蒲田行進曲』コンビに麻生久美子加瀬亮ですよ。『転々』は、原作が藤田宜永、主演は三浦友和オダギリジョーですよ。そうそう、あの時も、岩松了ふせえり松重豊が、すっごくいいんだ。ネタバレ書いちゃうけど、金貸しの三浦友和オダギリジョーに貸した金をチャラにする代わりに散歩に付き合えっていって、その散歩の行程がロードムービーになってるわけ。
 で、三浦友和の嫁さんが小泉今日子で、その同僚が岩松了ふせえり松重豊で、小泉今日子が来ないから、みんなで訪ねてみようよってことになって、三浦友和側と、岩松了側の行程が、絡みそうで、なかなか絡まないハラハラ感がすっごく面白かった。

 三木聡の映画は、そういうところを楽しまないといけません。間違っても泣けませんから。阿部サダヲ吉岡里帆のキスシーンはいいキスシーンだったけど、長いんですよね。私が思うには、あれは絶対、「長いよ!」って観客が思うまで引っ張るぞって撮ってると思う。観客が「長いよ!」って思うまで止めないって意地だと思う。

 とにかくおかずはてんこ盛り。バイキング並みです。たぶん取り忘れたおかずもあるんだと思う。