『性表現規制の文化史』 猥褻と純潔について

性表現規制の文化史

性表現規制の文化史

 『春画と日本人』の映画を観たときに、春画展の図録にあった、安政六年(1859年)に、あるアメリカ人が日本人に春画を見せてもらったときのことを書いた日記を紹介した。
 幕末にアメリカ人を接待できる家なのだから、そこそこの身分の夫婦であったろうと思う。客人であるそのアメリカ人にさまざまな宝物を披露したあとに春画を見せた。その日本人夫婦が悪びれることもなく、アメリカ人に春画を見せる、その大らかさが、明治以降、欧米の文化といえば、無条件に崇拝するようになる以前の、自律した日本人の文化的な生活態度を見る思いがして、感動的に思われた。
 その時のアメリカ人は「これは、日本人がごく当たり前の良識的生活について鈍感で劣っている良い例である。」と書いたわけだったが、白田秀彰の『性表現規制の文化史』を読むと、じつに偶然なんだが、「イングランドではじめて猥褻とされる性表現が制定法により禁じられたのは1857年」と、先のアメリカ人が春画に遭遇するわずか2年前だった。となると、このアメリカ人の言う「ごく当たり前の良識的生活」の内容がどんなものだったかは、今の感覚で捉えてはいけないのだろう。
 アメリカでの猥褻文書取り締まりの法律は1865年の郵便法の改正で、猥褻な出版物を「合衆国の郵便物に入れてはならない」という法律だったそうだ。郵便物の中に猥褻な表現物が入っているかどうかは、誰かが郵便物を開けて調べなければわからないわけだから、実効性をもたせようとすれば、あからさまな検閲制度になるしかない。その意味で、ざる法であったかもしれないが、言論の自由を重くみるアメリカで、こんな検閲制度が法制化されたのは、アンソニー・コムストックと「悪徳抑圧委員会」の活発なロビー活動の成果であったらしい。
 明治維新が1868年なので、日本が接近遭遇したころの英米の社会はそんなだった。階級社会で上昇しようとする人が、上流階級の社会規範に過度に敏感になるように、過激なキリスト教団体が猛威をふるっていた、南北戦争直後の特異な風潮を、当時の日本人は、進歩的な精神と取り違えた。欧米になんとか追いつこうとして、日本の支配層が取った態度は、階級を上がろうともがくスノッブそのものだった。
 パリ陥落のあと日本に逃れていたシャルロット・ペリアンが「日本人はなぜヨーロッパの悪いところばかり真似するのか?」と柳宗理に尋ねたことがあった。フランス人の目にも1940年代にはもうそう見えていたということになると思う。
 19世紀末のアメリカ人の言う「ごく当たり前の良識的生活」をマネしていたはずの日本人が、70年後に手にした評価は「ヨーロッパの悪いところばかりマネする」だったという悲しすぎる結末。西欧やアメリカの人たちがとっくに捨て去ったヴィクトリア朝風の道徳が、根拠もないまま、いまだに道徳として通用している、道徳の空疎さが、それよりももっと悲しすぎる。
 しかし、このあたりの事情については、吉田健一の『ヨオロツパの世紀末』、『ヨオロツパの人間』、阿部謹也の『西洋中世の男と女 - 聖性の呪縛の下で』に当たる方が、さらにつぶさにわかるだろう。

西洋中世の男と女―聖性の呪縛の下で (ちくま学芸文庫)

西洋中世の男と女―聖性の呪縛の下で (ちくま学芸文庫)

 この『性表現規制の文化史』で、改めて考えさせられたのは、「猥褻」の対立概念ともいえる「純潔」の異常さだった。「猥褻」の概念が無内容ならば、「純潔」もまた無内容であるのは当然だった。
 そもそも「純潔」とは何だったかといえば、「家」を次世代に継承するための担保として必要であったにすぎなかった。〇〇Jr.が〇〇の子だと主張するために、女性の純潔が必要だったに過ぎなかった。
 だから、引き継ぐべき「家」のない庶民には「純潔」は無用の概念だったのだが、宗教が権威となり、結婚が教会によって制度化された結果、「純潔」もまた社会規範になったのだった。
 「純潔」はこうして性の抑圧となるわけだが、その抑圧をより強く被ったのは女性だったといえるだろう。なぜなら、女性の「純潔」は、もともとの実用性を伴い続けていたのだから、もし破られることがあったとしても隠匿されなければならなかっただろう。これにくらべれば、男性の「純潔」はこじつけに過ぎず、ほとんど公然と反故にされていたろうことは、売春の歴史が証明している。
 この性の抑圧の強弱にすぎないことが、19世紀の女性の地位向上運動のさいに「女性の道徳的優越」として利用された。というより、当時の人は、男性も女性も、女性が道徳的に優れていることを、社会常識として信じていた。

デグラーによると、当時のメディアで唱えられた女性の道徳的優越は、当時の男性の手紙や日記をみるかぎり、完全に受け入れられていたという。

純潔の近代―近代家族と親密性の比較社会学

純潔の近代―近代家族と親密性の比較社会学

 
 日本人がなかなかなじめないコートシップってやつは、道徳的に劣った男性が、道徳的に優位な女性に、「純潔」を試される儀礼であるらしい。言い換えれば、コートシップという文化の根底にあるものは、はっきりと性差別なのである。性差別に根ざしていてもローカルコミュニティに根付いている文化だというならそれは構わない。ただ、欧米人は、自分たちのローカルスタンダードをグローバルスタンダードと勘違いするクセがある。
 「女性が男性より道徳的に優れている」という命題は、現代のポリティカル・コレクトネスに照らせば、完全に差別である。女性の解放をいうならば、本来は「純潔」という価値観を批判すべきであったのに、逆に「純潔」という価値観に依拠して男性の優位に立とうとしたのが、19世紀の女性の地位向上運動であった。
 こうした「純潔」の文脈で、売春を「男性による女性の性的搾取」、「女性の尊厳を冒涜するもの」と定義したのは、19世紀のキリスト教婦人団体だった。これは女性自身による売春婦差別ではないのか。この「純潔」の文脈があったために、売春婦は労働運動の文脈から零れ落ちることになった。売春婦の労働環境の改善などといえば、今でも白い目で見られるのだろう。
 19世紀にもてはやされた小説「ポオルとヴィルジニィ」で、男の裸を見るより水死することを選んだヴィルジニィに感動した19世紀の感覚を、私は異常だと思う。しかし、あるドグマにとらわれてしまうと、人は人の命を軽んずるのも平気になってしまう。
 ナチスホロコーストはおそろしい。しかし、そのおそろしいことに平気であった心が実はもっとおそろしいのであって、それを可能にするのがドグマであるかぎり、否定されるべきなのはそのドグマなのである。
 女性が男性に優っているというドグマと、アーリア人ユダヤ人に優っている、白人が黒人に優っているというドグマのどこが違うのか。

 世界経済フォーラム(WEF)が発表する「世界ジェンダー・ギャップ報告書」によれば、G7の中で日本は断トツの最下位110位で、そして、韓国は日本よりさらに下の115位だった。

gendai.ismedia.jp

 男女平等において世界で110位と115位の国が、元慰安婦問題をめぐっていがみ合っている姿には違和感を覚える。
 女性差別があるということは、女性の地位が低いということではなく、差別を容認するドグマが人の心に巣くっているということであり、その差別が、女性や難民や貧困家庭などなど、その時々の弱者に向かうというだけのことなのである。
 慰安婦問題が、おもてむきは人権問題を装いながら、じつはナショナリズムにすぎないことに気が付くべきだと思う。そして、韓国のナショナリズムと日本の女性団体を結び付けているドグマは、おそらくキリスト教的「純潔」の概念だろう。「純潔」のドグマに立つことで、韓国人は日本人の優位に立ち、女性は男性の優位に立てる。この点で彼らは共闘できる。
 世界中に慰安婦像が建立される一方で、黒田福美が韓国人特攻兵のために建立しようとした慰霊碑は無残に引き倒されている。特攻兵も慰安婦も、日本軍に強いられた犠牲と言う意味で全く同じであるはずなのに。そう思って、黒田福美の手記を読めば、慰安婦問題に背後にあるドグマティックな一面に十分に気が付くはずだと思う。

headlines.yahoo.co.jp

 慰安婦問題は、日本の右翼と韓国の右翼がマウントを取り合っている泥仕合に過ぎない。韓国人が去った後は、国連ももうこの問題に距離を置こうとしているようである。

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