『枝葉のこと』ネタバレあり

 あつぎのえいがかんkikiで『枝葉のこと』という映画を観た。今年観た映画のたぶん最高作だが、実は、公開は2018年、去年の夏だったらしい。渋谷のシアター・イメージ・フォーラムで2ヶ月公開していたそうだが、まったく気がつかなかった。この次回作にあたる『お嬢ちゃん』が公開されているので、それにあわせて上映したってことなんだろう。
 ポスターを観た瞬間に観にいかなければと思った。土曜日には、二ノ宮隆太郎監督本人が舞台挨拶に来られるそうだったが、そういうのなしで観たかったので日曜日にした。
 監督は、主演、脚本、編集も兼ねている。だけでなく、監督の実の父親が、実の父親役で出演している。舞台となっている横浜の二俣川あたりの、実家も友人宅も実際のものらしい。
 なので、これは実話で自叙伝で私小説、それも近松秋江ばりの私小説の中の私小説と言えるが、それも超えているのは、自分を描く二ノ宮隆太郎の目はとてつもなく冷徹で、私小説にありがちな自己憐憫や自己弁護や自己陶酔といったものはどこにもない。ポスターに「ある人生の“けじめ”の出来事」とコピーが添えられているのは、実は、映画の内容と少しずれている。むしろ、この映画を撮ったことが二ノ宮隆太郎にとっての「けじめ」だったのが本当だろう。
 実のところ、先ほど書いた作品の背景は、あとから公式サイトで知ったにすぎず、観ている最中は、実話なのかどうかほとんど分からない。というより、実話とはいえ、自伝的と言えるかと言えば、そうとすら言えない。説明的な部分は一切なく、観終わった後も、公式サイトを見ても、過去のいきさつはわからないままだが、この映画を観ていると、そういうことは、観客に伝わらなくていいんだということがわかる。
 二ノ宮隆太郎は、監督、脚本も素晴らしいが、役者としてのactが素晴らしい。actって何と言われても、私も今初めて使った言葉なので答えようがない。言い換えれば、言葉が見つからない。ポスターを観てもらえばわかるように、存在感が圧倒的。
 主人公が無言で歩いているだけのシーンがこんなに多い映画って他にあるだろうか?。ところが、そのシーンから目が離せない。目を離すとまずいという気がするのだと思う。
 『味園ユニバース』の監督、山下敦弘が「佇まいが“一人初期北野映画”のよう」とコメントを寄せている。でも、北野武には、「初期」と言っても「ビートたけし」のアウラがあったわけで、まったく初めて見かける人の漂わせるこの存在感はただならぬものだと思う。アウラじゃない。この映画の画面で二ノ宮隆太郎ひとりが際立っているわけではない。
 このキャスティングも二ノ宮隆太郎自身がしていることを思うと、それにも舌を巻く。実に絶妙にユーモラスな後輩の同僚2人、廣瀬祐樹と三好悠生は、ふたりとも映画初出演だそうで、経歴を見る限り、監督の個人的な知り合いだと思われる。若い女優ふたり、堀内暁子と新井郁もすごくいい。
 演出が確かなんだと思う。監督としての二ノ宮隆太郎は、役者としての自分に、容赦ないレベルの要求をしている。それが周りに伝わっている気がする。
 「この映画の物語は、自分が幼い頃に一番お世話になった大切な方との実際にあった出来事が題材になってま す。信頼するスタッフ、キャストが、良い映画を作れる可能性に賭けて集まってくれました。昔、その一番お世話 になった大切な方と、良い映画を作る約束をしました。約束は果たせたと思っています。ひとりの人間の人生の けじめの出来事を観ていただけたら幸いです。」
と監督のコメントがある。「良い映画」の基準が二ノ宮隆太郎監督自身の中に揺るぎないかたちであり、それを動かせないのだと思う。
 この映画は見逃さなくてよかった。観たこと自体を誇りに思えるような映画だった。

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枝葉のこと