ストラスブール美術館展を観ました

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アンリ・マルタン《雪化粧のパリの屋根》

 
 ストラスブール美術館展が姫路市立美術館でやってたので観に出かけた。
 ストラスブール美術館は、フランスのアルザス地方に点在する10の美術館の総称なのだそうだ。ドイツとの国境に接しているので、ドイツ領になったりフランス領になったりしてきた。
 そのせいか、ちょっとオフ・ルーブルみたいな、傍流の雰囲気があるのかもしれない。昔、2010年にBUNKAMURAであったストラスブール美術館展も観たが、そのときはそこまで細かいことに気がつかなかった。上のアンリ・マルタンもそうだと思うが、日本にいて美術展を観て回っていても、あまり馴染みにならない画家の絵に出会えて楽しかった。
 今回の展覧会では、印象派とポスト印象派のセクションに特に「筆触(タッチ)」という部門を設けて展示していた、その中に、上のアンリ・マルタンの絵があった。観た瞬間に、草間彌生の《無限の網》を思い出した。
 上の絵なんかは、こうして図録の印刷をスキャンしたコピーですら美しい筆触がわかる。この絵を観て美しいと感じるのは、たしかに、雪景色そのものよりも、画面の上で画家の筆触が奏でる音楽性だろう。
 私たちが絵をこのように鑑賞し始めたのは、印象派以後のことだろう。言い換えれば、私たちは、「画家の表現」として絵を観ている。あたりまえのようだけれど、対象の再現として絵を観ていた時代には、画家の表現は存在していたとしても、鑑賞者の意識にのぼらなかった。
 ルキノ・ヴィスコンティの『家族の肖像』という映画のタイトルは、文字通り、18世紀のイギリスで流行した、家族の団欒を描いた絵画のことなんだが、英語ではこれを「Conversation Piece」と言った。訳せば「話のきっかけ」とかになるのだろう。印象派以前のこれらの絵が、家族でか、そうでなくても、人々の集いの場で観られることが前提であったことがわかる。バート・ランカスターが演じた老教授は、そうした家族の肖像のコレクターだった。
 印象派以後の絵画に、なぜ、画家の表現が必要になったのかと言えば、絵を観る私たちが孤独だからだ。美術館では、大声でなくても、喋ることすらはばかられるだろう。私たちはむしろ、孤独を求めてそこに行くかもしれない。しかし、すべての芸術がコミュニケーションだとすれば、その絵の前で私たちが行なっているのは、画家とのコミュニケーションであるだろう。
 美術館でのおしゃべりが鑑賞の妨げになるとは、そうした画家とのコミュニケーションの妨げになるという意味だろう。しかし、印象派以前の絵画は、それを観ながらの会話が前提だった。例えば、日本の遊楽図屏風や洛中洛外図屏風などは、まさにそういうものだろう。西洋画でもブリューゲルが農民の婚礼を描いたものなどは全く同じような楽しみ方をされていただろうと思う。
 印象派以後、絵が対象の再現から離れて画家の表現となっていったのは何故かという疑問に対して、近代都市が出現して、人が孤独で絵を観るようになったことが大きいのだということに、今更のように気がついた。
 ルキノ・ヴィスコンティはイタリアの貴族だから、家族の肖像のような芸術の楽しみ方を知っていたのだろう。美術館で、ひとりで絵に向き合うようになったからこそ、アカデミズムの絵が退屈に感じるようになった。それはまた、今わたしたちが美しいと感じているものが退屈に感じられる時代が来るかもしれないということも示している。その意味では、今私たちが目にしている絵の美しさについては、それを観ている私たちもまた、その美しさに加担している。私たちが、どうしようもなく美しいと思うことによってその絵が美しいという、同時代的な共振から私たちは逃れられない。
 表現の持っている、そうした共振の力の強さを、結局、美と呼んでいる気がする。作品がそういう力を持っていれば結局は伝わる。それが、美に対する信仰というものだろうか。今日、これからゴッホ展を観に行くつもりなので、こんなことを考えるのかもしれない。