『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』をめぐるテリー・ギリアムのドン・キホーテ

 『テリー・ギリアムドン・キホーテ』を観ましたね、実は。
 月曜日の伊集院光のラジオの深夜放送を聴いていたら、伊集院光も観たんだそう。スター・ウォーズの「スカイウォーカーの夜明け」を観るために、週末にエピソード1〜8をイッキに観て、月曜日の放送前に、いざ映画館に出かけたら、気が変わってこっちを観ちゃったそうだ。テリー・ギリアムは、「深夜の馬鹿力」にゲストに来てもらったことがあるくらいファンなのだそうだ。
 で、伊集院光の感想は「フツー」。と言って、すぐに、「いや、フツーは言い過ぎだわ」と訂正していた。うっかり「フツー」と言いかけたのもわかる。なんせ最初にこの映画が始動したのは1998年だった。それがここに結実するまで、19年間。その間、9回も頓挫している。待ち焦がれてるファンにとっては、そのたびにハードルが上がり続けてるわけなので、よほどの傑作でないかぎり「フツー」ってなるんだろう。
 1998年の映画が頓挫した経緯は、『ロスト・イン・ラ・マンチャ』というドキュメンタリー映画になっている。

 この時、ジャン・ラシュホールが演じるはずだったドン・キホーテは、その後、ロバート・デュバルマイケル・ペイリンジョン・ハートなどの候補者の上を転々としたのちに、ジョナサン・プライスに落ち着いた。ジョナサン・プライスは、『2人のローマ教皇』のあの人とは、最後まで気がつかなかった。
 今回、アダム・ドライバーが演じた「トビー」を、1998年に演じていたのは、ジョニー・デップだった。『ロスト・イン・ラ・マンチャ』で確認できる。すごく若い。で、思った、そっか、アダム・ドライバーって、若い頃のジョニー・デップの感じなんだ。伊集院光は、もし「スカイウォーカーの夜明け』を観ていたとしてもアダム・ドライバーを観ていたわけ。
 テリー・ギリアムが取り憑かれた狂気の老人ドン・キホーテ、1998年のシナリオでは、CMディレクターのトビーは、タイムスリップしてドン・キホーテに会うはずだったらしいが、今回の決定版のトビーは、CM撮影中に、自分がアマチュアの頃に撮った映画にドン・キホーテ役に起用した老人に出会うことになる。タイムスリップではなく、自分の過去に遡る。
 それは、テリー・ギリアム自身が、この映画に費やした時間を遡っているともとれる。ドン・キホーテに出会うのに、タイムスリップする必要がなくなったわけだ。テリー・ギリアムのこの映画にまつわる「地獄めぐり」が、心ならずもか望むところかは知らず、ドン・キホーテの冒険みたいなものだ。その状況が、映画にオーバーラップしている。
 原題は「The Man Who Killed Don Quixote」。ドン・キホーテの狂気が敗北するプロセスが興味深かった。トビーを引きずり回す、自分をドン・キホーテと信じる老人の狂気より、トビーのクライアントであるグローバル企業のオーナーの狂気の方がはるかに上回っていたとなれば、さしものドン・キホーテも正気に戻るしかない。
 1998年には、17世紀まで遡らなければ出会えなかったドン・キホーテに、20年遡れば出会える、今という時代にびっくりする。この20年、正気と狂気の間を遍歴したのは、たぶん、テリー・ギリアム自身なのだ。その意味では、ラストだけが少し。ロマンティシズムに勝ち目はないにしても、まだ、負けて欲しくなかった。

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映画『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』特別版予告編+映画『ロスト・イン・ラ・マンチャ』予告編