つかこうへい『娘に語る祖国』

娘に語る祖国 (光文社文庫)

娘に語る祖国 (光文社文庫)

 ポン・ジュノ監督の『パラサイト』が、米アカデミー賞を3部門で受賞し、その一方で、『エクストリーム・ジョブ』のような痛快なコメディがヒットする、韓国の文化レベルは、今、とても高い水準にあると思う。
 このところの新型コロナ騒ぎのため、美術館が軒並み閉館しているので、読書に向かう時間が増える。つかこうへいの『娘に語る祖国』は、つかこうへいが、『熱海殺人事件』を韓国で、初演した顛末について書いた紀行文と言って良いと思うが、当時、まだ2歳だった娘さんに語りかける文体をとっている。
 つかこうへいは、早く亡くなってしまって残念だった。お芝居に興味がないので、そちらに足を運んだことはないが、本はよく読んだ。
 久しぶりにつかこうへいを読んで、今という時代を振り返ると、つかこうへいに代わって人気なのが、百田尚樹なんだとすると、これは確かに、落ちるところまで落ちたと思わざるえない。
 つかこうへいの『熱海殺人事件』の韓国での上演にあたっては、「殺人」という言葉がけしからん、とか、上演寸前になって、ソウルを舞台にした話をすべて東京に書き換えろ、さもなくば上演中止だ、とか、今の韓国から考えると、どこの国なんだ?って感じ。隔世の感がある。はっきり言って後進国というしかない。
 それから、25年ほど経って、今の日本で、在特会や、日本会議や、百田尚樹やetc.のいうことを聞いていると、確かに、日本と韓国が逆転した実感が湧いてくる。
 つかこうへいは亡くなってしまったけれど、日本のクリエーターの質が落ちたとは思わない。観客の質もそんなに変わらないだろう。問題はパトロネージュのあり方で、百田尚樹なんかを一生懸命出版してよく恥ずかしくないもんだと思う。
 これが読者に受けるから売るんだということだろう。それは、しかし、買い占めるからなくなるトイレットペーパーを、「ほら、無くなったじゃないか?、だから買い占めたんだ」と言ってるバカと同じだ。 出版社としての志とか気概とかないものだろうか。
 ちょっと前のニューズウィーク日本版に、 『かぞくのくに』のヤン・ヨンヒの寄稿があったが、わずかな間に「空気」は変わってしまうものだと思った。
 逆に言えば、今の空気もすぐに変わるということだが、その背後には、やはり、志のある裏方(韓国でのイ・ミギョンのような)存在が必要であるように思う。
 まあ、わたし自身は、右にも左にも、空気に流されることのないように心がけたいと思う。

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