『白い暴動』

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白い暴動

 1978年4月30日に、トラファルガー広場から7マイルの行進のあと、ヴィクトリア公園で「ROCK AGAINST RACISM」のギグがおこなわれた。
 当初は「コンサートを聴くためだけに7マイルも歩くやつはいない」と思われていたそうだが、インターネットどころか携帯電話さえない時代に、全英から8万人とも10万人とも言われる人たちが集結して、the Clash 、Steel Pulse、 X-Ray Spex 、the Tom Robinson Bandの演奏を盛り上げた。
 サッチャー政権が発足したのが翌年の1979年。なので、この1978年の英国は、今からはちょっと想像できないくらいどん底の経済状態にあったと言えると思う。「イギリス病」という言葉はもうとっくに一般化していた。 
 そのわずか15年ほど前には「swinging London」と言われ、世界のカルチャーの発信地であったロンドン。もっとも、ビートルズがM.B.Eを叙勲したときにも「4人の若者が英国の経済を救ってくれた」と言われていたぐらいだから、そのころもすでに経済状況は下向きであったに違いないけれど、1978年のそのころはそれどころではなく、英国の人々は自国の将来に希望を持てずにいたのだろうと思う。
 National・Front「国民戦線」と名乗る極右団体がじわじわと支持を広げていた。国会議員ではイーノック・パウエルが、移民を彼らの母国に帰還させようという演説を行っていた。これはナチのホロコーストの最初の一歩であり、こういう意見がナチスドイツと戦った英国で公然と語られたことに暗然とせざるえない。
 しかも、それに、エリック・クラプトンデビッド・ボウイといったロックスターたちが支持を表明していたことはショックだ。
 エリック・クラプトンデビッド・ボウイといった人たちは、英国の経済が悪いなら、アメリカにでも、スイスにでも、あるいは日本にでも、どこにでも好きなところに逃げていけばいいのだし、何なら、英国に居続けたとしても、彼ら自身が経済的に困窮するってことはなかったはずなのだ。 
 デビッド・ボウイは、後にはこのころのことを恥じていたようだが、人は迷う。自己のためではなく、国のためだという判断を、利他的な判断だと思ってしまう。しかし、国は姿を変えた自己のイメージにすぎない。「愛国」は「利他」ではない。他者はあなたの目の前にいる他者でしかない。その他者を国外に追放しようとする心が利他的であるはずがない。サミュエル・ジョンソンが言うように「愛国心」は悪党の最後のよりどころにすぎない。
 しかし、そのような迷いを人の心に生じさせるほど、当時の英国はどん底で、将来に希望が持てなかったという事なんだろう。
 だから、そんな時期に生まれて若者に指示されたパンクのムーヴメントは、極右的で排外的な風潮を煽るものでもありえたかもしれないのに、60年代のロックスターたちがそんな発言を繰り返す一方で、パンクの若者たちが「ROCK AGAINST RACISM」を支持して、ヴィクトリアパークを埋め尽くす映像は胸を熱くさせる。

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ロック・アゲンスト・レイシズム 1978


 カーニヴァルといわれた、トラファルガー広場からヴィクトリアパークまでのその行進が行われた地域は、じつは、National・Frontの支持者が多い地域だった。その行進に参加したのは若者だけではなく、第二次大戦でナチスと戦った退役軍人の姿もあったのが感動的だった。
 パンクが、当時の英国の将来に希望を持てない若者たちから生まれてきた音楽だということが、この映画ですごくよく分かったし、そして、パンクがサブカルチャーではなく、カルチャーであったってこともすごくよくわかった。
 音楽の技術としては、エリック・クラプトンのギターにくらべると、退行のように見えるパンクなのだけれども、カルチャーとしては前世代を完全に圧倒している。
 このあともこうしたカーニヴァルが何度も繰り返された。これで、差別が一掃されたということはないのだけれど、印刷所の片隅で始まった「ロック・アゲンスト・レイシズム」の運動が、まちがいなく、社会の空気をかえた。
 映画タイトルの『白い暴動』は、ザ・クラッシュの曲で、その歌詞をそのままポスターにして国中に貼って回っていたこともあったそうだ。そういう時代に刻み込まれたような歌を私たちが持っているかどうかうらやましい気持ちになった。
 この映画の字幕は、めずらしいことに、ピーター・バラカンが監修している。いうまでもなく、この映画を観て身につまされない日本人はいないと思う。この映画のころに英国の状況は、近い将来の、あるいは現在の、日本の状況によく似ている。
 だから、とても不安を感じるが、それ以上に、希望の持ち方を教えてもらった気がする。悪い方に転ぶ かもしれない。しかし、よい方に転ぶかもしれないって希望があることがそれだけで とても大事だと思った。
 
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