『幸せへのまわり道 A beautiful day in the neighborhood』

 トム・ハンクスが、フレッド・ロジャーズっていう、アメリカで長年愛されてきた子ども番組の司会者を演じている。
 切り口がユニークなのは、主役はフレッド・ロジャーズではなく、彼にインタビューする雑誌記者であること。
 そのときの記事がこれで、この記事を映画のシナリオに仕立てた脚本家をまず褒めるべきだとおもいますけど、でも、これを演じるのはたぶんすごくむずかしく、下手に演じると、「護教的」とグレアム・グリーンが言っていた、つまり、宗教団体の副読本みたいな、信者は感動するけれども、そうでない人はどっちらけといったことになるし、かといって、そんな具合な宗教的な陶酔や共感に忌避的な態度をとっていると、人物の内面に入っていけない。人間の共感の深い部分には、そうした、言葉にすれば宗教的とか、信仰とかいうしかない心の動きがあるからで、言葉で表せないそんな人間的な魅力を、トム・ハンクスがみごとに表現しています。
 実際、トム・ハンクスが現れた瞬間に、トム・ハンクスなんだけど、トム・ハンクスじゃないみたいな、まるで、パラレルワールドトム・ハンクスみたいな気分にさせられて、その世界観に一気に引き込まれます。
 こういうことのできる役者さんはそんなにいないんじゃないかと思います。スティーブ・カレルとか『フォックス・キャッチャー』、『バトル・オブ・セクシーズ』、『30年後の同窓会』とまるで違う人みたい。あんな感じに、トム・ハンクスが出てきた瞬間に、これはトム・ハンクスじゃない人だと思わせる。それだけで観る価値がある。
 でも,この映画の秀逸なのは、描きたいテーマはフレッド・ロジャーズって人ではなくて、あくまで主役の記者さんロイドの抱えている心の問題にあるというところ。
 いくつになっても、結婚して子供が生まれていても、解決できていない思春期の問題が噴出してくることがある。それどころか、少年期、幼年期の問題がとつぜんこころにかみついてくる時がある。
 そういうことを一編の雑誌の記事から映画のシナリオに起こしたミカ・フィッツァーマン=ブルーとノア・ハープスターの力量は大したものだと思いました。
 ウィキペディアによると、この脚本は2013年に「ザ・ブラック・リスト」っていう脚本登録サービスにアップされていたものだそうです。このリストから無名の脚本家がデビューするってことが最近多い気がします。
 『ペンタゴン・ペーパーズ』とか『ボストン・ストロング』なんかもそうだそうです。『ボストン・ストロング』は泣いたわ。
 ところで、この映画も『ブレスレット 鏡の中の私』とおなじくイオンシネマの配給なんですが、独自の配給を始めるのはありがたいんですけど、邦題『しあわせへの回り道』って映画が2014年にあったのでちょっと考えてほしい気がします。『ブレスレット』の副題「鏡の中の私」も過去に歌謡曲のタイトルにありますし。
 

映画「幸せへのまわり道」特別映像

映画『幸せへのまわり道』予告編