大阪都構想が支持されない理由について

 めしを炊くときに切り干し大根をひとつまみ入れるとすごくうまいってことを発見しました。試してみてください。
 それはそうと、人気の吉村知事のもとで再挑戦した大阪都構想ですけど、結局、支持を得られませんでした。この理由を私なりに(いちおう関西人でもあるので)考えてみました。
 ひとつには「大阪都構想」ってネーミングセンスが抜群に悪い。
 要するに、大阪府大阪市の二重行政を解消して、今の東京23区みたいに行政を一本化しましょうってことでしょう。それを「都構想」って名付ける必要はなかったと思います。「大阪市」を「大阪都」に変える必要ないじゃないですか?。「都」が、ひとつの国にふたつあるの気持ち悪いですよね。
 大阪って江戸時代前から都会なんですよ。そんな「ざらっとした」ネーミングは受け入れがたいと思うんです。「二重行政解消」ってだけで投票しておけば、橋下徹時代にあっさり賛成を得られた気がします。「都構想」って、大阪弁で言う「たいそう」なんですよ。
 鶴瓶さんが言ってましたけど「大阪市」という呼称に愛着があるそうです。そういう人は多いんじゃないでしょうか。庶民の心理をかえりみない上滑りした政策決定の態度と取られても仕方ない気がします。
 そもそも「大阪維新の会」ってネーミングもざらっとします。明治維新にそこまでポジティブな印象を持つ時代じゃないと思います。
 明治維新の是非についてはあれこれ言う必要はありませんが、明治維新のあとに維新を唱えたのは昭和維新青年将校たちなんであって、それは完全にネガティブなイメージしかありません。そういう挑発的なところは橋下徹の良いところかもしれませんが、有権者を挑発する必要はありません。政治家や官僚を挑発してる間は拍手喝采するでしょう。しかし、それが自分たちに向いたら「ええ?」ってなるでしょう。「こいつ誰彼かまわず刀振り回すんだ」ってなるでしょう。
 その「大阪維新の会」が「都構想」となれば、完全に市民の頭の上を飛び越えて走ってる印象を持たれるのは仕方ないと思います。
 しかし、それでも、賛否は拮抗していたわけなので、そんなに捨てたもんでもなかったってことでしょう。