狩野芳崖《山水》

 東博の続き。狩野芳崖の《山水》。

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狩野芳崖《山水》

 狩野芳崖の大回顧展は、京都であったのが大昔で、それから一度も開催されていないと思う。
 狩野芳崖は、岡倉天心フェノロサ、橋本雅邦とともに、明治の日本美術界を支えたひとりで、横山大観、下村観山の師匠でもある。
 もし、狩野芳崖の絵をあまり知らずに「横山大観の師匠」と聞いたら人はどう思うか。私ならそれだけで観る気をなくすだろう。横山大観の今の評判はどんなものか知らないが、個人的にはいいと思ったことがない。私がどう思おうが押しも押されもせぬ横山大観だから平気で悪口を言うということでもある。ちなみに、吉田茂も嫌っていたらしいことは、前にも書いたが、吉田健一との対談での発言で確からしい。
 ただ、狩野芳崖は、横山大観とはまるで違う。江戸時代の狩野派の最後の絵師だと思う。徳川幕府御用絵師の狩野派の絵師たちは、幕末ともなると、画力にかなりのバラツキがあった。幕府の御用絵師と言いつつ大したことない絵師もいたのは確かだったが、狩野芳崖はそういうのとは違った。今では、狩野芳崖といえば「悲母観音」ということになっているが、あれは絶筆でしかも未完であって、狩野芳崖の本来の画力はあんなものではない。若い頃の水墨、特に龍の絵は桃山の画家たちに劣らないと思う。
 狩野芳崖は徳川の御用絵師だったが、同時に長州の人だった。幕末の動乱がちょうど青年期に重なっている。狩野芳崖という名も、狩野の法の外に出る「法外」とかけた名前だそうだ。
 明治維新は、狩野芳崖にとって絵師としての革命でもあったわけで、横山大観などの明治以後の画家たちとは、背負ってる伝統の重みが違う。
 横山大観、下村観山の回顧展は近年開催されたので、狩野芳崖の回顧展もまたそろそろあってもよいのではないかと思うが、多分、所蔵家が個人である場合が多く、そこが大変なんだろうなと推測している。その点、悲母観音は東京芸大が持ってるので、あれが代表作みたいなことになってるが違うと思う。