『マ・レイニーのブラックボトム』『グンダーマン』『デニス・ホー』

 なぜかミュージシャンの映画を立て続けに3本観た。
 『マ・レイニーのブラックボトム』は、これでチャドウィック・ボーズマンアカデミー賞をとると言われていたが、結果的には『ファーザー』のアンソニー・ホプキンスになった。
 予備知識なしでも元ネタが舞台劇だとわかる。実は、『ファーザー』の方ももともと舞台劇なんだが、あちらは映画的な文体にリライトされていた。
 しかし、ジョージ・フロイト事件の後ではこれはよくないのではないか。黒人でも白人でもない立場としては言いにくいが、まるで、黒人自身で演じられた「ミンストレル」のように感ぜられた。黒人ミュージシャンの描かれ方がステレオタイプすぎないか?。『デトロイト』にあったような、今のBLMにつながるうねりは感じなかった。
 『グンダーマン』と『デニス・ホー』は対照的な映画だった。
 『グンダーマン』はベルリン郊外の褐炭鉱で鉱夫として働きながら音楽活動を続けている。ボブ・ディランとも共演したことがある、ドイツではすごく人気があるのだと思う。ボブ・ディランのイメージが60年代で止まってる感じがしてしまうのは、そういうグンダーマンの状況に引っ張られてしまうからだろう。そういうグンダーマンが東独時代に、秘密警察シュタージに協力していたことが発覚する。労働者としての歌を歌いながら、一方で政府に仲間を売っていたことになる。
 ギュンター・グラスナチスの親衛隊に入っていた過去が明らかになったってこともあったが、シュタージとナチスでは話が違いそうだ。サマセット・モームが第二次大戦中にイギリスの諜報部で働いていたと分かっても人はへーっと思うだけだろう。一方で、誰かアメリカの作家がCIAのために働いていたとなったらまた話が違ってくる。
 グンダーマン自身は自分自身についての報告書を読んで「自分に失望した」と語る。実は彼自身もシュタージに監視されていたわけだった。
 『希望の灯り』のときもそうだったけれども、東独の陰影が映画に独特の味わいを与えている気がする。ナチスの支配が終わったと思ったら、共産党の支配が始まった。東独の人たちが冷戦時代の社会主義をどう考えていたか、今では少しわかりにくい気がする。社会正義があまりに揺らぎすぎている。グンダーマンのように労働者にこだわっている人だと、今では恥じているとしても、当時はその悪に無自覚だったことも理解できる気がする。
 
 『グンダーマン』が過去の話であり、役者が演じているのに対し、『デニス・ホー』は、ドキュメンタリーで、しかも、現在進行形で、どっちに転ぶかわからない香港の問題だ。
 中国は香港返還時にイギリスと交わした、返還後50年間は一国二制度を維持するという約束を踏みにじって、なぜ香港に手を出そうとするのか、約束通りだと2047年までそのまま一国二制度を維持することになるが、それで中国に何の不都合があるのか分からない。
 香港のデモを見ていると、香港の人たちの本気さが伝わってくる。その香港の民主主義の顔となっているのが、香港のみならず、中国でもトップスターの歌姫デニス・ホー。
 映画は、実は、デニス・ホーの半生を伝記的になぞっているだけなんだが、そうするとそれが自然に香港の雨傘デモと重なってくるのは、それが香港市民の民度なんだと思う。
 トランプ支持者がワシントンを襲撃した時、中国政府や何か揶揄するようなことを言った。しかし、民主主義が機能していれば、間違いが修正されやすいと考えるべきではないかと思う。アメリカ民主党の代表選でバーニー・サンダースが敗れたには失望したが、ジョー・バイデンボトムアップ政策に大きくアメリカの舵を切ったには驚いた。
 米国議会の襲撃事件を見た時は、もうアメリカは終わったんじゃないかと(これが初めてではないものの)思ったものだったが、政権交代で大きく変わりうるってことが未来への希望だと思った。トライ・アンド・エラーを繰り返して進んでいくしかない。
 結局、変わらないさとシニカルなものいいをする人もいるだろうが、郵政民営化ごときの小さな変化もまともに実現できない日本と比べればうらやましいというしかない。繰り返しいうように、政権交代占拠で308議席を獲得したのに、1週間でマニフェストを撤回した民主党政権が、日本の民主主義を殺した。沖縄よりアメリカを選んだことで彼らは国家元首の資格を失った。沖縄を売ることは国を売ることだった。自民党も同じだが、だからこそ政権交代を実現したのに、それを裏切った民主党の罪は重すぎる。一度国を売った政治家が信頼を取り戻すのは容易ではないだろう。
 直近のG7で中国に対する非難決議がなされたが、天安門チベット、ウィグル、香港と続くと、中国の経済力がいかに大きくても、さすがに国際社会の看過できる状況じゃないと思う。外交は他に複雑な要素が絡み合うのでどうなるか予断を許さないが、香港の民主主義が失われる事態に対して、いちばん危機感を感じるべき、また、声を上げるべきなのは日本だと思うが、日本の政治家が一人として言葉の持ち合わせがないのにはまったく意気沮喪する。
 
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