宇多丸さんが『先生、私の隣に座っていただけませんか?』を評していた

 『先生、私の隣に座っていただけませんか?』は20日に観た。
 昨日、たまたま宇多丸さんのアフター6ジャンクションを聴いてたら、映画評のコーナーで取り上げていた。事前に知らなかったので、ちょっとワクワクした。映画でも絵画でも、観た後で人と意見を持ち合うのは楽しい。
 いうまでもなく私よりはるかに深く鋭いんだけど、ただ、一点たしかに言えることは、虚と実の描き方が際立っていない。そのことが、独特のわかりにくさにつながっていると思う。それがよくもあり、悪くもあり。
 私自身は、前にも書いたとおり、その描き分け自体よりも、早い段階で、黒木華柄本佑の浮気に気づいていることが、「観客に」わかってしまう。それで、虚も実も、映画の仕掛けではなくて、黒木華の演じる女性個人の仕掛けになってしまう。
 すると、振り回されるのは観客よりは柄本佑ということになり、観客は柄本佑の視点に立つしかなくなる。そうなると、映画全体は一筋の復讐劇になってしまうわけで、虚と実といいつつ、どっちがほんとうなんだ?っていう緊迫感は損なわれる。
 登場人物がコマみたいに扱われている」というリスナー評が紹介されていたが、というより、黒木華の描くマンガが、復讐のアイテムになってしまうわけで、そこが映画内マンガの独立性を損なわせることになった。
 それが悪いのかというと、女性の復讐劇と見るなら、それでも間違いじゃないわけで、悪いとは言えない。そこがわかりにくさなんだと思う。
 「プラスティック・ラブ」については、あの歌詞は
「恋に傷ついたあの日からずっと、、、」
「私のことをけっして本気で愛さないで。恋なんてただのゲーム、楽しめばそれでいいの。」
「私を誘う人は、皮肉なものね、いつも彼に似てるわなぜか、思い出と重なり合う、グラスをおとして不意に涙ぐんでも訳は尋ねないでね」
と、これだと、黒木華柄本佑に未練たっぷりってことになってしまいません?。
 ちなみに本家、竹内まりやの「プラスティック・ラブ」は、12インチシングルが限定発売だそうです。ジャケ写が、ネットでバズった写真に変更されています。

www.hmv.co.jp

 「ドライブ・マイ・カー」の歌詞は
「私はいつかスターになる。それまであなたに私の車を運転させてあげる。そしたら、あなたのことを好きになるかもね。今は車がなくて残念だけど、運転手は見つけたってわけ」 
って感じ。
 こっちの方がコメディーには向いている気がしたんだよな。