『空白』ネタバレあり

 『空白』の監督は、『ヒメアノ〜ル』の吉田恵輔。『ヒメアノ〜ル』のムロツヨシ佐津川愛美は最高。濱田岳森田剛ムロツヨシ佐津川愛美の4人のバランスがすごくよくて名作だと思います。絶対見てほしい。
 しかし、『愛しのアイリーン』になると、役者さんは気持ちよいんだろうけれども、そして、たしかに熱演が楽しいのだけれども、「こんな人いる?」って感想が湧いてくる。ツレが先に酔っ払って、自分が酔えないみたいな。 
 『空白』は、『由宇子の天秤』と同じ感じを覚えました。いいか悪いか判断に困る。なんかおかしいと思いながら、先が読めないので引っ張られていく、その意味では「ハイハイそういうことね」っていうありきたりな映画よりずっといい。けれども、引っ張られていった結果、何にもなかったみたいな。これがいいかどうかなんだよなぁ。
 エリック・ロメールの『コレクションする女』と比べてみたい。あの主人公は、自分を対象化してる。映画は主人公自身のナレーションで進んでいく。でも、最後には自分に裏切られる。観客が見ているのは、主人公が語っている物語ではなく、物語を語っている主人公なんです。
 どうなるんだろうと思いながら引っ張られていたあげくに何も起こらないのは同じとしても、主人公がそれを生きていると信じているストーリーの外側に、それを見ている観客がいて、そして、さらにその外側に、それ全体を観察している監督の視点を、エリック・ロメールの映画にはたしかに感じるんです。
 『空白』と『由宇子の天秤』にはそれがないんじゃないかと感じるのは、やはりシナリオのリアリティの差で、『由宇子の天秤』のその部分はあの時書いたし、森達也の映画評にもあったので繰り返さないけれど、『空白』の場合、発端、主人公(古田新太の演じる漁師さん)の娘(伊東蒼)が、万引きを疑われて逃げ出すところ。
 あの娘、逃げるかな?。逃げないと物語が作動しないんだけど、学校でもほとんど存在感なく、親にも教師にも逆らう気さえ持てない女の子が逃げるかな?。
 逃げない気がします。このシナリオの問題は、彼女が逃げたことではなく、彼女がなぜ逃げたかの解答がないことなんだと思います。 
 彼女が万引きした理由はよくわかる。あの父親のストレスは半端ないでしょう。でも、彼女を捕まえた店長(松坂桃李)は父親とは真逆のタイプなんだし、彼女の性格を考えると、逃げるかな?。
 現実世界では逃げるってことはありうる。でも、ドラマの世界では必然性がない。彼女が逃げるパッションがどこから出てきたのか、彼女の内面的なリアリティがはっきりしない。
 なので、その後の父親の行動が、どこかステレオタイプ的に感じてしまう。彼女の行動が、父親をこう動かしたいがための作為に見えてしまう。
 ただ、その後の展開は「ああハイハイ」とはならない。答えが出るのかなと期待させる。娘が逃げるシーンは『東京オアシス』の小林聡美がダンプに飛び込みかけるシーンに似てる。肝心の瞬間が意図的に映ってないんだ。
 だから、この先に答えがあるんだろうと期待させられるのだが、答えは最後まであやふやなまま、万引きしたかしなかったかの答えは割と早く出るけれども、なぜ逃げたのかの答えが出ない。 
 死の欲動だった可能性はあると思うし、そういう描き方もされている気配がある。しかし、踏み込みが足りない。
 店長が危うく主人公と同じ場所で死にかける場面がある。店長と娘は弱さに似ているところがある。
 そう考えると、店長と、正義感の強いパートさん(寺島しのぶ)の関係は、娘と父との関係に対応しているとも考えられる。だとしたら、パートさんの正義感からくる行動が店長をますます追い込んでいく展開もありえたのにそうならない。実際に娘と店長に何らかの関係が存在した可能性もありえたがそうもならない。店長とパートさんは肉体関係を持つ展開もありえたがそれもない。
 学校関係者が父親に問い詰められて、苦し紛れに「店長が昔うちの生徒に痴漢したという噂があった」と伝えるのだが、それもフリだけあって何の展開もない。
 なかったと見せてあったとか、あったと見せてなかったとかの揺らぎがなさすぎる。それで、父親の行動が一本調子の空回りに見えてしまう。
 『search/サーチ』というパソコンの画面だけで進行する映画があったけど、あれくらい二転三転してもよかったとおもう。この煮え切れなさは、悪くないのだが、良いというには踏み込みが足らない。揺らぎがなさすぎる。
 主人公が漁師という設定も、「漁師=マッチョ」という固定観念を観客に想起させてしまう。地方議員でも歯科医でも保育所の所長でも不動産屋でも何でもありえたのではないか。漁師では、主人公が他の人物の外にいすぎるとおもう。
 ラストシーンは、小さな奇跡とも言える。とってつけたセンチメンタリズムともとれる。死んだ娘の側に立つと都合が良すぎると思えてしまう。あれで感動できる観客がどれくらいいるかわからない。
 ただ、ここに書いてきたようなあるべき揺らぎの方がありきたりだとも言うことはできると思う。だからこそ、エリック・ロメールと比べたくなるわけで、何か起きそうで起きない場合の、起きそうな説得力と起きない説得力がロメールの場合、ずっと深い。『クレールの膝』の「膝」についてのしつこさが『空白』にはないと思える。
 こう書いてくると、酷評してるみたいなんだが、このじれったい感じか監督の意図だとも考えられるわけで、面白くなかったわけではない。どう思うか、自分で確かめてください。『ヒメアノ〜ル』未見の方は見てください。

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