『草の響き』

 『海炭市叙景』、『そこのみにて光り輝く』、『きみの鳥は歌える』、『オーバー・ザ・フェンス』に続いて、佐藤泰志原作5度目の映画化。佐藤泰志と函館がよほど映画監督たちの琴線をふるわせるのだろう。それともうひとつには、若くして自殺した彼の作品はどこか未熟で、脚本家がかなり大胆に加筆修正する。『きみの鳥は歌える』のラストの大胆な書き換えは、こうじゃなきゃいけないだろうと思えた。今回の場合も主人公を既婚者にしたことで話の奥行きが深くなった。
 映画を見ている途中で、原作の小説を読んだことがあるのに気がついた。主人公のジョギングに高校生の2人がまじわるシーンだ。主人公と高校生のストーリーが同じ時間軸に入ってくるところの演出がすごく良かった。
 自律神経失調症(と原作では書かれているが、映画の中では病名に触れられてない)のために、医者に薦められて始めた主人公にのジョギングに、高校生ふたりが加わるようになる。実のところ、小説のアイデアはそれだけと言ってもいい。佐藤泰志の実体験なのかもしれない。しかし、仕事を休んで走り続けている男と、学校を休んでいる高校生ふたりの、淡々としたランニングが胸に刺さる。
 もうひとつ好きなシーンは、主人公と友人が部屋の中で話し合っているシーン。何気ない会話だが、カメラは主人公の背中側に固定されてずっと主人公の顔が見えない。何かしら不安な感じのするシーン。
 原作にはない主人公の結婚生活をストーリーの軸にすえたシナリオも素晴らしいし、そして残酷でもある。
 人がなぜ自殺するのかは、実のところよくわからないんだと思う。最近でいうと三浦春馬だが、まったく想像が及ばない。この主人公が抱えているような心の弱さも、どこまで責められるものなのか、それとも同情すべきなのか、まったくわからない。同じような心の弱さを抱えている人間としては、この主人公のあがきに粛然とせざるえない。
 東出昌大があいかわらず素晴らしいです。

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